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 全国高校野球選手権大会がこの夏、100回目を迎える。歌、漫画、小説、映画――。これまで、甲子園を舞台にした作品が数多く生まれてきた。

 「白たまの 消ゆる方に 芳夢蘭(ホームラン)」

 1983年の第65回大会。日本文学者ドナルド・キーンさん(96)は甲子園のスタンドで初めて観戦した後、こんな句を詠んだ。幼名の升(のぼる)をもじった「野球(のぼーる)」の雅号を持ち、野球の俳句も多く作った正岡子規に影響されたと振り返る。

 古典文学の英訳や石川啄木らの評伝などを通し、日本人とは何かを深く追究してきたキーンさん。甲子園の存在を知った時、「日本的で面白い」と感じた。「少年たちが真剣に野球に打ち込む姿にまず引きつけられ、そして地方の代表を応援する側の熱心さにも引き込まれる」。観戦時の麦わら帽子はいまも大切に残してあるという。

ドカベンからMAJORへ

 キーンさんが甲子園を訪れたころ、漫画雑誌には高校野球を扱った作品がいくつも連載されていた。

 72年から週刊少年チャンピオンで始まった「ドカベン」は、明訓高校の山田太郎が個性豊かな仲間と熱戦を勝ち抜く姿が描かれた。81年に週刊少年サンデーで始まった「タッチ」は、ヒロイン浅倉南の存在が鮮烈だった。

 94年から同誌で連載を始めた「MAJOR」。漫画家の満田拓也さん(53)は主人公の茂野吾郎に「甲子園」という言葉を意識的に言わせていない。「甲子園を目指す野球漫画には『ドカベン』や『タッチ』などの名作がある。ぼくは新しい球児像を描かなければならないと思った」と話す。

 たどり着いたのが、メジャーリーグを目指す物語だった。主人公の茂野吾郎はメジャーで投手として成功し、日本で打者として復活する。それは今季からメジャーに挑む大谷翔平に重なる部分が多いと現地メディアも報じた。

 「吾郎の情熱が野球をもっと好きにさせてくれた」。続編開始時の15年、大谷はこんな言葉でMAJOR再開を歓迎した。

終わりの美学重ねた阿久悠さん

 夏の甲子園のシーズン、作詞家の阿久悠さんは全試合、全イニングを観戦するため、テレビの前で過ごした。79年からスポーツニッポンで連載する「甲子園の詩(うた)」に1編の詩を毎日、書き下ろすためだ。亡くなる前年の06年まで紡いだ詩は363編。その日生まれたヒーローをたたえる賛歌となった。

 太陽を丸かじりにした少年は

 コロナのような笑顔をふりまき

 アポロのように振舞う

 (中略)

 君に逢えてよかった

 おおらかな君には

 甲子園でもせま過ぎる

 (第61回大会。延長十一回を制した浪商の香川伸行へ、「太陽を食った少年」)

 そのまなざしは、勝者より敗者へ向けられることが多かった。

 きみたちが愛されていることは

 ふくれあがったアルプスの

 雪のような白と

 花のような赤の

 乱舞を見ればわかる

 (中略)

 育つ者と 見守る者の

 いとしさに満ちた関係

 それが高校野球の

 そもそもの原点であったのだ

 (第85回大会。PL学園に大敗した都立雪谷へ、「敗れざる夏」)

 評伝を著した作家重松清さん(55)は「負けにどう向き合い、終わりをどう終えるのか。終わりの美学は阿久さんが描いてきた詞の世界であり、終わりにこそ私たちは心奪われる」と語る。

 負けているチームを応援したくなるのは「現実はいつも勝ってるやつがぶんどっちゃうから。負けた後に一礼する姿に心打たれるのも実社会でなかなかそれができないから」で、阿久さんが敗者に言葉を捧げたのは、少年がどんな大人になるのか知りたいという気持ちがあったのでは、と想像する。

 重松さんは季節もいいと話す。「お盆で故郷に帰って、甲子園を見て原点に帰れる瞬間ってある。日常の色んな感情を1回虫干しするというか。そういう数日間があってもいいよなって思う」(山本亮介

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