今年5月、NHKのバラエティー番組で、元号の歴史が取り上げられた。番組の最後には、ゲストが次の元号を予想。フェイスブックなどの「いいね」になぞらえ、「井稲(いいね)」と書いたタレントもいた。

 ビンテージワインなどの販売サイト「年号ワイン.com」を運営する和泉屋(埼玉県朝霞市)の栗原周平社長(47)は番組を見て安堵(あんど)した。新元号を予想する企画を準備していたが、「軽々しい」と批判されないか心配していたからだ。

 企画は翌6月に開始。新元号を当てたら平成元(1989)年産の大吟醸酒をプレゼントする内容で、7月30日夕までに137通の応募があった。「安久」「安成」など、「安」の入った案が複数寄せられている。栗原社長は「次の元号について自由に議論できるのは、歴史的にも貴重な機会。この先もあるかどうか分からない」と話す。

 元号予想は民放や新聞のほかSNSでも繰り広げられ、さながら「予想ブーム」の様相を呈している。内閣内政審議室長として平成改元の実務を担った的場順三氏(83)は「前回は元号予想など、とても憚(はばか)られる雰囲気だった。今昔の感だ」と振り返る。

 昭和天皇は88年9月19日深夜、大量吐血した。翌20日には当時の竹下登首相、小渕恵三官房長官、石原信雄官房副長官、的場氏らが皇位継承の手続きを慌ただしく確認。21日の朝刊各紙は「新元号、事務的作業を開始」などと報じた。

 昭和天皇の闘病中に改元準備を進めていることが明るみに出たことで、首相官邸には右翼団体から抗議電話が相次いだ。その年の暮れには総理府(現・内閣府)の的場氏の部屋を右翼の男性が訪れ、皇位継承に備える政府の姿勢を「不敬だ」と批判する事態も起きた。闘病は翌年1月7日まで111日間に及び、社会が自粛ムードに覆われた。

 憲政史上初の「退位改元」となる今回、こうした「崩御改元」によるタブーの空気は取り払われた。改元に関する自由な議論が可能になる中で、政府は改元準備を進めている。