[PR]

 1945年8月10日、新潟港周辺。米軍機が石油タンクや船舶、工場、民家を空爆し、47人の死者が出た。港内を走る佐渡汽船の初代おけさ丸(当時)も被弾し、乗客ら15人が死亡した。この惨事を語り継ぎ、平和を願う集会が9日夜に佐渡・両津港で開かれる。同港を出発する現在3代目のカーフェリーおけさ丸を、ピースキャンドル(平和の灯)で見送る。

 平和集会は連合新潟佐渡地域協議会や各労組でつくる佐渡地区平和集会実行委員会が主催。ピースキャンドルは大型紙コップに火をともしたロウソクを入れ、紙コップにメッセージを書いてもらう。参加者100人が手に持って、午後7時半に両津港を出るおけさ丸を見送り、平和のメッセージを送る。おけさ丸はペンライトなどで返礼する。

 当時、日本海屈指の港湾都市の新潟と現在の北朝鮮を結ぶ日本海航路は、東京と満州を結ぶ最短路。太平洋の制海権を失った日本にとって、新潟港の重要性は急激に高まっていた。新潟港封鎖を目的とした米軍の機雷投下が45年5月に始まり、7月からは艦載機による銃撃が始まっていた。

 初代おけさ丸は45年8月10…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら