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 オウム真理教による一連の事件のなかで、1989年11月に起きた坂本堤弁護士一家の殺害事件は「暴走の原点」とも言われる。教団元代表の松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚らの死刑が執行されてから6日で2カ月。坂本さんの友人だった弁護士たちは、改めてその思いを強くしている。

 「平成を数えることは、龍彦ちゃんの年齢を数えること」

 坂本さんと司法修習の同期だった中村裕二弁護士(62)は、こう振り返る。坂本さんの長男・龍彦ちゃんは1989(平成元)年に1歳で命を奪われた。生きていたら8月で30歳の誕生日を迎えていた。

 横浜市の自宅から姿が消えた一家3人が、遺体でみつかったのは95年。それまで、救出活動に奔走した中村弁護士は、同じ年に起きた地下鉄サリン事件の被害対策弁護団事務局長となり、被害者と歩んできた。「坂本さんの事件が早く解明できていたら、松本サリン事件も地下鉄サリン事件もなかった。6千人が被害にあうことはなかったし、13人も死刑になることはなかった。痛恨の思いだ」

 教団の関与をつかむチャンスは何度もあった。弁護士3年目だった坂本さんは、オウムに入信した子を取り戻そうとする親たちの相談にのっていた。事件後、自宅からは「プルシャ」と呼ばれる教団のバッジが見つかった。同僚だった小島周一弁護士(62)は警察に「家出はありえない、オウムの犯行の可能性が高い」と訴えていた。

 90年2月には、龍彦ちゃんを…

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