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 熊本県人吉市の人吉城跡敷地内に、江戸時代の築造とされる「謎の地下室」がある。発見されたのは20年以上前。その構造や伝承などから、郷土史家の間では「隠れキリシタンの遺構」との説が出ているが、市教育委員会は「証拠がない」と慎重な姿勢をとり続ける。さてその真相は。

 地下室は、人吉・球磨地域を約700年にわたって治めた相良(さがら)家の家老職、相良清兵衛(せいべえ、1568~1655)の屋敷跡で、1997年から98年にかけて見つかった。南北8・5メートル、東西9メートル、高さ3メートル以上の大規模なもので、石積みの壁に囲まれていた。国指定史跡の人吉城跡を整備するため85年度に始まった発掘調査がきっかけだった。

 2001年度には、そこから約120メートル離れた清兵衛の息子の屋敷跡で、似た構造の地下室が発見された。どちらも床へと続く階段状の通路があり、床には地下水をためる長方形の貯水池が掘り下げられていた。貯水池には底まで下りられる水中階段があった。

 似たような地下室遺構は国内でほかに見つかっていないといい、人吉市は、清兵衛の屋敷跡で05年に開館した人吉城歴史館に地下室を復元し展示。息子の屋敷跡の地下室も、見つかった場所で展示している。

 これらの地下室について、人吉市文化財保護委員長を務めた郷土史家の原田正史さん(91)=岡山県倉敷市=が6年前、自費出版した「驚愕(きょうがく)の九州相良隠れキリシタン」(人吉中央出版社)で、キリスト教の洗礼などに使われた秘密の礼拝施設だった可能性に言及した。今年2月には人吉・球磨地域で発行されている月刊誌で、キリスト教と関係の深いユダヤ教徒が身を清める施設「ミクヴェ」の遺構によく似ていることを初めて指摘し、強調した。

 原田さんは約20年前から人吉…

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