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 待ち続けた吉報は届かなかった。日本野球機構(NPB)への復帰を目指し、独立リーグのBC栃木でプレーを続けていた村田修一(37)。移籍期限の7月31日までに獲得を希望する球団は現れず、今季限りでユニホームを脱ぐ。

 村田は1日に記者会見を開き、「NPB復帰を目指して全力で体も準備してきましたし、それを願ってやってきましたけど、かなわなかったのは事実。そこはしっかり受け止めて進んでいきたい」と語った。

 横浜で9年、巨人で6年、合わせて15年間のプロ生活。ベイスターズ時代は2007、08年に2年連続で本塁打王に輝き、日本球界を代表するスラッガーに成長した。新生児集中治療室(NICU)に入院していた子供たちを横浜スタジアムに招待したり、病院を訪問したり、社会貢献活動にも熱心だった。一見、こわもてで、奇抜な髪形でも目立った。が、選手会長や主将も務め、低迷期にあった球団を豪快なバットで引っ張った功労者だろう。

 そんな村田を「憧れの先輩」と慕うのが、背番号25を継ぐ筒香嘉智だ。同じチームで過ごしたのは10、11年の2年間だけだが、「人間的にも、野球の技術的にも色々なことを村田さんから学ばせてもらった」と感謝する。入団当時は村田の打撃練習を見て衝撃を受けた。「こんな人と野球をやっていけるのか、って」。必死に背中を追った。

 先月18日、筒香は5年連続で20本塁打に到達した。球団では村田以来の快挙だった。「村田さんの積み上げてきた記録には、まだまだ及ばない。少しでも追いつけるように頑張りたい」と筒香。「また一緒に野球をやりたい」と言う彼の願いはかないそうにない。それでも、今後も村田の存在や記録は筒香の力を伸ばし、教えは胸に残る。その功績は、やはり大きい。(波戸健一)

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