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 戦時中、愛知県内の抑留所に収容されたイタリア人家族を描いたドキュメンタリー映画「梅の木の俳句」(2016年、イタリア・日本、78分)が9月、「あいち国際女性映画祭」で上映される。27年前、同じ家族を撮った元テレビディレクターが上映実現に動いた。

 映画に登場するのは、写真家としても知られるイタリアの人類学者フォスコ・マライーニ氏(1912~2004)の一家だ。

 フォスコ氏は38年、留学で妻子と共に来日した。43年9月、日独の同盟国だったイタリアが連合国に降伏すると、一家はイタリア北部にドイツが樹立させた傀儡(かいらい)政権への忠誠を拒み、ほかの十数人と名古屋市の抑留所へ。看守が食料を横領し、激しい飢えと戦う日々を送った。

 一家の記録を孫娘のムージャ・マライーニ・メレヒ氏(47)が監督して映画にした。日本では昨年11月、東京のイタリア文化会館で上映されたが、それ以降は機会がなかった。今回、メ~テレ報道局シニアアドバイザーの熊本典生さん(61)が映画祭関係者に作品を紹介したところ、招待作品に決まった。

 熊本さんは91年の番組「シャッターがきれなかった二年間~あるイタリア人の昭和」で、フォスコ氏らを取材した。「撮影中、フォスコさんから何度か厳しく怒られた。『過去はすべて許すが、体験は忘れない。君はどういう立場で取材しているんだ』と」

 熊本さんは言う。「日本人にはどこか戦争被害者の意識がある。フォスコさんは私にもそういう姿勢を感じ、『死の寸前まで虐げられた者を理解できるのか』と言いたかったのでは」。後にアジアでの特派員生活で、加害者としての日本を意識するようになり、フォスコ氏の怒りの意味に気づいたという。

 15年に、ムージャ氏から「祖父を取材したあなたに話を聞きたい」と連絡を受けたとき、「自分に資格はあるのか」と自問した。映画に収録されたインタビューで、熊本さんは「我々は名古屋に収容所があったことを知らず、真実を学んでこなかった」と語った。

 ムージャ氏は03年以降、祖母のインタビューなどを断続的に撮ってきた。熊本さんが映画の中で特に印象に残ったのは、日本で生まれ、幼児期に収容生活を送ったムージャ氏の母の言葉だ。「『死ななかったのだからよかった。もっとひどい強制収容所もあった』という人もいる。でも、恐怖をレベル分けすることは、収容所を認めることになる」

 熊本さんは、映画を見て衝撃を受けたとも話す。「映画にはかつて私が取材した人々も登場するが、言葉は重みを増していた。孫であり娘であるムージャさんに、人生を賭けて言葉を伝えようという思いを感じた」。ムージャ氏は作品の狙いについて「戦時の体験を一家の中だけで語り継ぐのではなく、より多くの人に伝えたい」と語っている。

 「自分も、彼女が願う『伝える』作業を手伝いたい。それがフォスコさんへの恩返しにもなる」。熊本さんは、今後も上映機会を増やすための活動を続けるつもりだ。

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 「梅の木の俳句」は9月5日午後3時半に名古屋市東区のウィルあいち、7日午後6時半に同市中村区のミッドランドスクエアシネマで上映される。問い合わせは映画祭事務局(052・962・2520)へ。(黄澈)