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 被爆者の証言を伝える朝日新聞長崎版「ナガサキノート」が、10日で連載開始から10年を迎えた。非核への歩みについて、あの日の惨禍を語った被爆者は、いまどう思うのか。かつて取材した記者が再び訪ねた。

 長崎に原爆が投下された時刻に合わせ、毎月9日、長崎市の平和公園に「長崎の鐘」が鳴り響く。

 鐘を鳴らすのは被爆者。7月は10人ほどが集まった。中村キクヨさん(94)は「犠牲者の冥福を祈り、また鐘を鳴らさせて下さいとお願いしているのよ」。今回が最後かもしれないとの思いが常にあるという。

 爆心地から5・8キロの小瀬戸町にあった自宅で被爆した。当時21歳。息も絶え絶えの若者の手当てに奔走し、積み上げられた遺体をあちこちで見た。

【3Dで特集】ナガサキノート あの日、人々の足取り
1945年8月9~10日に爆心地数キロ圏内にいた人を中心に約150人について、証言から推測される足取りを地図上に再現しました。一人ひとりの証言が読めます。

 2003年、次男の廣さんを55歳で亡くした。白血病。「自分の被爆が原因ではないか」。06年、長崎市の平和祈念式典で被爆者代表としてあいさつし、苦しい胸の内を初めて明かした。それを機に、証言活動を本格的に始めた。

 「ずっと解決できないことを戦…

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