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 今年で創部100年の鹿児島実業高硬式野球部。全国高校野球選手権大会の100回の節目に甲子園出場を果たし、歴史を支えてきた人たちからは喜びの声が相次ぐ。7日にはOBで元プロ野球巨人の定岡正二さん(61)が始球式に登場。母校の球児にエールをおくった。

 佐賀商―高岡商(富山)に先立つ始球式で定岡さんがマウンドに上がった。大きく振りかぶって投げたボールは、真っすぐミットに収まった。

 第56回大会(1974年)の準々決勝で延長十五回を投げきり、鹿児島勢初の4強入りを果たした「レジェンド」だ。

 当時バッテリーを組んでいた尾堂栄一さんらOBと話すうち、今年は甲子園に行けるのではないかと予感していたという。始球式後、「歴史の中で縁が導いてくれた。何とか初戦を突破して」と期待を寄せた。

 野球部OBで、35年間監督も務めた久保克之名誉監督(80)も「節目の年の出場だけにうれしい」と喜ぶ。67年に監督に就任後、2002年に退任するまでチームを春7回、夏12回の甲子園出場に導いた。

 鹿実の伝統は「礼節」だ。その象徴とも言えるのが、代々伝わる「グラウンドの神様」。練習前に選手らは、グラウンドなどに向かい一礼し、「お願いします!」とあいさつする。遠征先の練習場でも必ず一礼する。

「礼儀やあいさつは、子どもたちにとって財産になる」と久保名誉監督。

 96年の春の選抜大会では鹿児島勢初の優勝を果たす。「近所の知らない人にもあいさつするから評判がいいんです」。当時の選手たちが泊まった民宿「やっこ旅館」の女将(おかみ)の芳本三栄子さん(67)もそう語る。

 3年ぶりの出場。前回出場時は、学校創立100年と「高校野球100年」が重なった。宮下正一監督(45)は「なんで自分のときに節目が続くのか」と苦笑しつつ、「節目の年に勝ちたい気持ちがある一方、関係ないと開き直った部分もあった」と言う。

 選抜優勝時の二塁手で、22歳からコーチを務める岩切信哉さん(39)も「勝ちたいという思いの強さは、いつだって変わらない」。

 その強気が、チームを甲子園に導いた部分もある。西畑光瑛主将(3年)は「あまり意識したことはないが、このような年に甲子園に出られるのは幸せ。精いっぱい頑張りたい」と意気込む。(小瀬康太郎)

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