[PR]

 前回は細菌感染による角膜炎について説明しました。角膜炎の中には、ウイルスによって発症するものもあります。その代表が単純ヘルペスウイルス角膜炎です。単に角膜ヘルペスと呼ばれることもあります。

 単純ヘルペスウイルスは多くの場合、小児期に初めて感染して結膜炎などを引き起こした後、三叉(さんさ)神経を伝わって三叉神経節という神経細胞が集まった部位に潜伏感染します。

 三叉神経は広く顔面の知覚を脳へ伝える働きをしていますが、その名の通り、目から上の部分(第1枝)、目と口の間(第2枝)、口から下の部分(第3枝)という三つの神経からなっています。これら3本の神経は脳に入る手前で頭蓋骨(ずがいこつ)の中で合流して三叉神経節を形成します。結膜に感染した単純ヘルペスウイルスはこの第1枝を伝わって三叉神経節にまで到達するのです。

 このウイルスは普段、私たちに備わった免疫力で増殖が押さえ込まれていますが、何らかの体調の変化によって免疫力が低下した隙に再活性化して三叉神経を目の方向に伝わって角膜に病変を起こします。この状態を単純ヘルペスウイルス角膜炎と言います。

 この角膜炎の初期には角膜の表面に樹枝状潰瘍(かいよう)という名の、木が枝分かれしたような特徴的な形の潰瘍ができます。この状態を上皮型角膜炎と言います。病変が角膜実質という角膜の深い部分に及ぶと、実質型角膜炎という状態になり、角膜が白く濁ります。この濁りによって患者さんは視力の低下や、かすみがかかったように見えることなどを自覚します。

 単純ヘルペスウイルスは三叉神経の感染症でもあるので、三叉神経の働きである角膜表面に何かが触った時の感覚が障害を受けます。このため角膜表面に触れても触れられた感覚が鈍くなることもあります。

 これは日常生活では自覚症状としては感じませんが、単純ヘルペスウイルス角膜炎を診断する時の決め手の一つともなっています。眼科医はこの病気を疑った時に、角膜の表面に触れる器具を用いて、患者さんに触った時の感覚を質問します。通常、単純ヘルペスウイルス角膜炎は片方の目にしか起こりませんので、両方の目の感覚の差を質問することで、疑わしい方の目に角膜知覚の低下があるかないかを判定します。

 治療には上皮型角膜炎にとどまっている時期ではアシクロビルという抗ヘルペス薬の眼軟膏(がんなんこう)を1日5回使うことで、比較的よく治ります。この薬は目の中に入れる軟膏で、通常、下まぶたの表面にしぼり出して、そのまま目を閉じるという方法で用います。実質型角膜炎の場合はウイルスに対する免疫反応も関与していますので、アシクロビルに加えて免疫抑制の意味で副腎皮質ステロイドの目薬を併用します。

 ただし、副腎皮質ステロイドは炎症反応を抑える働きがある一方で、体の抵抗力である免疫の力も抑えてしまうため、ヘルペスウイルスに対してはかえって増殖を助けてしまうので、患者の状態に合わせて注意深く使う必要があります。

 もう一つ重要なことは、一度炎症が治まってもヘルペスウイルスは三叉神経節に潜伏感染しますので、再発する可能性があるということです。また、再発を繰り返すうちに角膜の混濁が慢性化して治らなくなってしまうことも非常に多いのです。この段階では視力障害が薬による治療だけでは治らなくなってしまうことが多いです。

 そのような場合には患者の希望に応じて、角膜移植手術が行われます。角膜移植手術は単純ヘルペスウイルス角膜炎だけでなく、様々な病気で角膜が濁ったり、変形したりして視力が損なわれた状態に対して行われる治療です。移植に用いる角膜は亡くなった人から提供を受けます。これを献眼と言いますが、日本では献眼が実際に手術を希望する患者の数より少ないのが実情です。

 そこで、主として米国から輸入した角膜を手術に用いることが多く、最近では国内の献眼角膜とほぼ同数の輸入角膜を用いて手術が行われています。国内では年間に2500件ほどの角膜移植手術が行われますが、その半数ずつが国内からの献眼と海外からの輸入となっているのが現状です。

 ヘルペス角膜炎から角膜移植の話にそれましたが、献眼数が増えれば単純ヘルペスウイルス角膜炎の後遺症に悩む患者さんには福音となるでしょう。

<アピタル:弘前大学企画・今こそ知りたい! 感染症の予防と治療>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/hirosaki/(弘前大学大学院医学研究科眼科学講座教授 中澤 満)