拡大する写真・図版ラオス南東部アッタプー県のダム決壊で被害に遭った村は道が冠水し、人々がトラクターにしがみついて移動していた=7月27日、染田屋竜太撮影

 7月23日、ラオス南東部のアッタプー県で建設中の水力発電用ダムが決壊し、数千人が被害を受けた。ラオス政府は事故から2週間たった時点で、死者が数十人、行方不明者は百数十人と発表しているが、被害の実相はいまだにはっきりしない。

 記者は発生から3日後の7月26日から現地に入り、できる限り、洪水で被害を受けた現場まで近づこうとした。そこで目の当たりにしたのは、交錯する情報とラオス政府のちぐはぐな対応だった。

 「ラオスのダム決壊の現場を見てきてほしい」。上司であるアジア総局長から電話を受けたのは、7月24日の午後。記者は家族とタイ・バンコクから車で2時間ほどの観光地、パタヤにあるテーマパーク内のプールにいた。夏休みは次の日まで。しかし、プールサイドでスマホに写るダム決壊のニュースを見るたび、現場に行きたいという思いに駆られた。日本での事件や災害取材で、現場を見る大事さを何度も痛感してきたからだ。

 休みが終わってからの出張でいい、との指示だったが、落ち着かず、翌25日の最終便でラオスの首都ビエンチャンに向かった。1週間前まで、タイ北部チェンライ郊外で洞窟に閉じ込められた少年らの救出作戦を取材していた。雨期の大雨で地面はぬかるみ、原稿を書く場所探しにも苦労した。ラオスの現場では何が必要か。到着後に買いそろえる備品を頭に描きながら飛行機に乗った。

聞いたことのない音が

拡大する写真・図版ラオス・パクソンの避難所では、被害に遭った村人のために炊き出しが行われていた=7月26日、染田屋竜太撮影

 26日朝、まずはビエンチャンから飛行機で、世界遺産に認定されたワット・プー遺跡のある都市、パクセーへ。空港で、同行したタイ人のスタッフが手配してくれたピックアップトラックに乗り込む。近くのホームセンターで災害用の安全靴や延長コード、暗所用のヘッドライトを買い込んだ。

 現場があるアッタプー県を目指し、車で1時間ほどいくと、パクセー郊外のパクソンで政府が用意した被災者用の避難所を見つけた。工場のようながらんとした場所に数百人が集まり、炊き出しの食料を受け取ったり、座り込んで話したりしていた。

拡大する写真・図版ラオス・パクソンの避難所には、水や衣服など多くの支援物資が集まっていた=7月26日、染田屋竜太撮影

 衣服や水、毛布などが山のように積まれている。ラオス国内各地から送られた支援物資だという。避難してきた人たちは表情も暗く、顔にはくっきりと疲労の色が浮かんでいる。その中で、炊き出しの食事を食べていた女性に声をかけた。

 フーさん(51)は23日午後、ダムから10キロほど離れた村で田植えをしていたら、急に水かさが増したことに気づいたという。雨期にはよくあることだが、「今日はいつもと違う」と感じながら作業を続けた。すると、夫が「はやく逃げろ、水が来るぞ」と大声を出していた。

 取るものもとりあえず、近所の人の車に乗って逃げた。ダムの方から「ゴーッ」という聞いたことのない音がしたという。2日かけて、パクソンの避難所にたどり着いた。「私の村は腰の高さまで泥と水に埋まったと聞いた。なんで、こんなことになったのか」。フーさんは、時折声を詰まらせながら話した。

 パクソンの避難所の取材を終えたのは午後1時過ぎだった。運転手に聞くと、この先に分かれ道があり、左へ行けばアッタプー県中心部の政府が前線本部をつくっている場所へ、右に行けば決壊したダムに近づけるという。いずれも3~4時間かかる。どちらに行くべきか。ダムを見たい気もするが、まずは本部で最新の被害情報を把握したい。上司とも相談し、アッタプー県中心部を選んだ。

前線本部はなぜか人余り

拡大する写真・図版ラオス・パクソンの避難所では、地べたに引かれたシートの上で逃げてきた村人たちが食事をしていた=7月26日、染田屋竜太撮影

 アッタプー県庁前には十数個のテントが並び、拡声機を持った男性が周囲に響き渡る大音量で、どこからどんな支援物資が届いたかを説明している。ただ、本部にいる人たちをよく見ると、スマホで集合写真を撮ったり、椅子に座って談笑したりしている。救助隊が出入りする緊迫した雰囲気を想像していただけに、少々拍子抜けした。聞くと、情報がなかなか集まらない本部では人が余っているという。同じ県内で数千人が洪水被害に遭っていると報じられている現状とのギャップに、やや戸惑いを覚えた。

 ラオスのトルトン首相は前日、決壊による死者は27人、不明者が131人と発表していた。とにかく、最新の被害状況を知りたい。本部にいる県の担当者に聞くと、亡くなったのは26人だという。首相の発表が間違っているのか。わずか2日前には地元紙が、約3千人が水につかった家の屋根や木の上で救助を待っていると報じていたが、すべて救助隊に助けられたとも言う。「被害者がもっと増える恐れはないのか」とも尋ねてみたが、担当者は「不明者以上の犠牲者が出ることはないだろう」。しかし、全員と連絡がとれているわけでもない。「何か言えないことでもあるのだろうか」と、疑問が頭をよぎった。

 県の担当者は「明日、午前8時半にここに来たら現場近くまで誘導してあげる」という。こういった災害地では、単独行動で二次災害などに巻き込まれるのが最も危険だ。聞くと、タイメディアなどの中には許可なくダムに近づいているところもあるようだが、まずは安全を優先して、当局関係者と一緒に動くことにした。

 翌日、指定の時間に県庁に行くと、「現場への支援物資を運ぶのを手伝ってほしい」。記者の乗るピックアップトラックの荷台は、すぐに水や衣類でいっぱいになった。「もう少し待ってくれ」と言われたまま約2時間、車中で待機。昼前になってようやく県の車が動き出した。県庁から現場へは30キロほどだが、1時間半かかった。道路は舗装されておらずデコボコで、車の天井に頭をぶつけるくらいの揺れが続く。

■本部と首相、犠牲者数…

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