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甲子園観戦記 元新体操日本代表・畠山愛理さん

 なんですか、この一体感は。すごいお客さんの数だし、吹奏楽の迫力のある応援。初めて来た甲子園は、想像を超えていた。内野の土と外野の芝生、青い空と入道雲もあってすごくきれい。こんな場所でプレーできる高校球児は、うらやましい。

 私はたくさんの人に見てもらいたい、という思いが強かった。

 新体操を始めた小学生のころの全国大会。上位に入れば東京体育館の真ん中で、一人で演技ができる。みんなの視線を独り占め。それがうれしくて、快感で。誰かに勝ちたいという思いより、そこに立ちたいから練習をがんばれた。

 九回の佐久長聖の粘りは、鳥肌が立った。1死一、二塁から真銅くんの打球を遊撃手の中村くんが横っ飛び。真銅くんも一塁へ頭から突っ込んで2人とも泥だらけ。どちらも主将としてもチームを引っ張っているからすごい。

 2012年のロンドン五輪の後、日本代表の主将になったんです。でも、気づいたら一人で突っ走っていた。「全部自分がやらなきゃ」と思って。いつのまにか選手間に距離ができて、会話する時間が少なくなってしまった。チームはバラバラで世界選手権が終わった後に号泣した。

 日本に帰ってきたら、母が旅行を計画してくれて、海に連れて行ってもらった。中学3年の時に日本代表に選んでもらって、その3日後に新体操の強豪国ロシアへ。合宿生活が始まり、日本やロシアを行ったり来たりした。実家に帰れるのは年に10日ほど。寂しさや環境の違いに、毎日のようにトイレで泣いた。その時も親のありがたみをすごく感じた。

 結局、主将は交代。でも、自分の長所は失ってはいけないと思った。「私には声の大きさや明るさがある。盛り上げ役としてがんばろう」。チームの結束力は高まり、16年のリオデジャネイロ五輪でも入賞することができた。選手一人一人に役割があるんだなと実感した。高校野球も一緒ですよね。

 両チームとも、ピンチになるとベンチの選手がマウンドに走ってきた。監督の指示を伝えているのかな。言葉の力って、すごい。ロンドン五輪の本番直前。私たちが緊張していると、指導をしていただいている山崎浩子先生から言われた。「こんなに緊張することないんだから、楽しまなきゃもったいないよ」。ドキドキからワクワクに変わった。甲子園も大舞台。緊張している自分を受け入れて、思いっきり楽しんでください。本気でプレーする姿って、美しい。(構成・山口裕起)

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 はたけやま・あいり 1994年、東京都出身。23歳。6歳で新体操を始め、中学3年で日本代表に選出。12年ロンドン五輪団体7位、16年リオデジャネイロ五輪団体8位。引退後はスポーツキャスターとしても活躍。

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