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 福沢諭吉、伊藤博文、野口英世……。紙幣の肖像となった偉人の中に明治維新の指導者、西郷隆盛の名はない。だが、かつてその名で呼ばれたお札が宮崎で作られた。西南戦争の戦費調達のために刷られ、薩軍の敗戦で紙切れとなった。数奇な運命をたどった「西郷札(さいごうさつ)」は後世、思わぬ形で日の目を見ることになった。

 宮崎市佐土原町を流れる石崎川。袋状の土地「瓢簞(ひょうたん)島」に製造工場があったと言われる。現在は流路が整えられ、跡地とされる場所には宮崎県埋蔵文化財センターが建つため、その痕跡を目にすることはない。

 2016年10月に始まった市の発掘調査では遺構はおろか、版木や印などの遺物も見つからなかった。西郷札を展示する市佐土原歴史資料館の学芸員、花田想乃香さん(28)は「敗走する西郷軍か攻め込んだ官軍に焼き払われたのかもしれない」と推測する。

 1877(明治10)年5月。…

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