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 マウンドに上がる直前、空を見上げた。お父さん、頑張るので見ていてください――。15日の第1試合、創志学園(岡山)のエース西純矢君(2年)は、帽子を何度も飛ばす気迫の投球で下関国際(山口)打線に向かった。

 父の雅和(まさかず)さんが昨年10月11日、脳幹出血で45歳の若さで亡くなった。その4日前の秋の県大会3位決定戦に、実家の広島から応援に駆けつけてくれていた。西君は救援したが、7―10で敗退。試合後、雅和さんは「この冬はしっかり鍛えて、来年の夏は甲子園に出てくれ」と声をかけた。この励ましが最後の会話になった。雅和さんは帰宅途中に倒れ、意識が戻らぬまま息を引き取った。

 野球好きな親子。雅和さんは西君が物心つく頃から、プロ野球・広島の試合を見に球場へ連れて行った。西君が小学2年で野球を始めると、「プロ野球選手でなくても、社会人野球など野球にずっと携わってくれれば」と気にかけていた。

 練習で西君の球を受ける横関隼(はやと)君(2年)は「昨秋以降、マウンドへの執着心、打たれても次は必ず抑えるという責任感が強くなった」と話す。西君の試合用グラブには、雅和さんの命日と「父との約束」という言葉が刺繡(ししゅう)されている。毎日大切に磨いたそのグラブとともに岡山大会を勝ち上がり、今夏、甲子園出場を果たした。

 長沢宏行監督(65)は亡き父を思い出してほしいと甲子園で西君に数珠を渡した。15日は雅和さんの誕生日だった。「憧れていたお父さんには感謝という言葉しかない。勝利というプレゼントをあげたい」

 初戦の創成館(長崎)との試合は、「100点」と振り返る投球で16奪三振完封。しかし、この日は時折雨粒が落ちるマウンドで八回まで1安打2失点に抑えたものの、九回に四死球を出し、初の連打も浴びて4―5で逆転負けした。

 泣きじゃくり、顔を赤く腫らした西君の肩を先輩らが優しく抱いた。アルプス席から見つめた母の美江さん(43)は179球を投げた西君を「よく頑張った」とねぎらった。長沢監督は「甲子園で育ててもらったというよりも、甲子園の怖さを教えてもらった」と振り返った。

 西君は「接戦で心に余裕がなく、打者に向かっていく気持ちを出せなかった。喜ばせてあげられず、父に申し訳ない」と悔いた。来夏に戻ると誓い、甲子園の土は持ち帰らなかった。(沢田紫門)