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 日本が半世紀前に核兵器を使うミサイル防衛の検討に乗り出していた。唯一の戦争被爆国である日本が、核による自国防衛を考えざるを得ない時代にさしかかっていた。当時の日米協議からは、今につながる両国の思惑が浮かび上がる。

 日本政府が米国の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)の配備を検討したのは、中国の核攻撃能力の向上に対する懸念からだった。

 日本側の文書によると、中国による初の核ミサイル実験直後の1966年11月、今の国家安全保障会議にあたる国防会議メンバーによる「懇談会」が首相官邸であり、佐藤栄作首相が「中共(中国共産党)の核ミサイルを防ぐため米側とよく連絡して」と指示した。

 その場にいた自衛隊制服組トップの天野良英・統合幕僚会議議長が米軍に情報提供を求めるなど、翌月までに外務・防衛ルートでABMへの関心を米側に伝えた。こうした日本政府の動きを米政府は「核政策の再考」(バンディ国務次官補)と受け止めた。

 一方、米政府には、日本による独自の核武装を防ぐ狙いがあった。

 ジョンソン米政権は67年9月…

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