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広島原爆の残り火を、福岡県南部の山あい、八女市星野村が「平和の火」として受け継ぎ半世紀になった。村在住の陶芸家・山本拓道さんは、火をもたらした父・達雄さんの遺志を語り継いでいる。原爆に肉親を奪われたうらみと平和を願う赦しの間で葛藤した達雄さんと火の歩みを聞いた。

 私の父、山本達雄は1915(大正4)年に星野村(現・福岡県八女市星野村)で生まれました。

 《達雄さんや次男の拓道さんの故郷の星野村は現在、棚田や星野茶で知られる。だが、当時は金山のふもととして栄えたという。村史などによると、1920年の人口は約6700人、1940年は約9200人で、現在の約2500人の2~3倍以上だった。金山は江戸時代に採掘が本格化したが、戦時中の43年に閉山した》

 父の実家は精米業を営んでいました。父の父、熊吉さんは父が12歳の時に亡くなりましたが、父の母のサメさんは子どもたちを懸命に育てました。とりわけ父は跡取りとして大切にされました。

 《達雄さんは1936(昭和11)年、徴兵検査を受ける。肺の既往症があったためか、結果は最上級の「甲種合格」ではなく、体格などで劣るとされた「乙種合格」だった》

 甲種合格だったら、すぐに歩兵…

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