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【2016年4月25日朝刊社会面】

 一連の地震の「本震」から1週間を迎えたこの週末、大勢のボランティアが全国から熊本県内の被災地に駆けつけた。10代や20代の若者の姿が目立つ一方、東日本大震災などで活動したベテラン組も。支援を待っていた被災者からは歓迎の声が聞かれた。

 震度7を2度観測した益城(ましき)町。町の社会福祉協議会によると、ボランティアセンターを通じて4月23日に533人、24日に622人が参加したという。

 千葉県浦安市の美容師、桜井愛弓(あゆみ)さん(23)は両親が熊本県出身。発生直後から義援金を集めたりSNSで支援を呼びかけたりしたが、周囲の関心が薄く、温度差を感じていた。「自分が被災地に行き、SNSなどで発信することで東京にいる人の関心が高まれば」。妹と友人の計3人で町を訪れ、がれきの撤去作業などに加わった。作業中は住民から「心配せんでよかけん」と声をかけられた。「来る前は『頑張って』と思っていたけど、来てみたら『一緒に頑張りましょう』に変わった。こちらが元気をもらいました」

 大分県日出(ひじ)町から駆けつけた尾畠春夫さん(76)はボランティア歴25年。東日本大震災で大分と宮城県南三陸町を車で往復しながら計500日間支援に当たったという。活動開始前、センター側にスコップやヘルメットがもっと必要だと指摘した。男性職員(36)は「私たちにも初めての経験。言われて気付いたことがたくさんあって助かります」。

 熊本市の災害ボランティアセンターにも、センターを立ち上げた22日からの3日間で計2316人が集まった。神奈川県南足柄市の高校3年、木村美久さん(17)は、弟で高校1年の大紀(だいき)さん(15)と参加。24日朝から熊本市中央区を回り、「私たちボランティアがお手伝いします!」と書かれたチラシ約200枚を配った。熊本市の隣の菊陽町に祖父母が住む。家は無事だったが、避難生活を送る人たちをテレビで見て、「何度も訪れた熊本の力になりたい」と思ったという。「熊本市内もこんなに被害があるとは思わなかった。私たちの活動が、少しでも熊本の人の力になったら」と話した。

 地元の若者の姿もあった。千葉県出身で熊本市西区に住む大学生、高橋啓太さん(21)は、配置された市役所で「ごみはありますか?」と避難者に声をかけていた。自宅のアパートは16日未明の「本震」で室内に物が散乱し、22日まで断水。それでも友人とLINE(ライン)で連絡を取り合い、避難所で整理を手伝ってきた。「自分たち以上に大変な人がたくさんいる。何かできれば」

 被災者の期待も大きい。熊本市東区の中学校に避難している赤星直美さん(53)は「明るく声をかけてくれるだけでもありがたい。自宅が壊れたので住む先が決まったら荷物の運搬を手伝ってほしい」と話していた。

割り振り難しく

 被災地では宿泊先確保の難しさなどから、全国から参加者を受け付けるボランティアセンターはまだ一部だ。このため、この週末は住所地を問わず受け付ける熊本市や益城町に希望者が殺到する形になった。

 東京都の会社員脇本ひかるさん(26)は知人と計4人で益城町のセンターに行ったが、すでに定員が埋まっていた。熊本市のセンターに移ってみたが同じ状況のため、フェイスブックで探した民間団体で物資の仕分けなどをした。

 事態の変化で、センター側が得た情報に基づいて割り振る仕事と現場の状況が合わなくなることもある。熊本市では、派遣先で「すでにボランティアが入っています」と断られるグループもいた。センターを通さずに来た人たちがすでに活動していたという。

 センターが開設できていない自治体もある。1400棟以上が全半壊した西原村での開設はもう数日先の見通しだ。22日に始まった住宅の応急危険度判定が進まないと安全が守れない、という。村社会福祉協議会は「使用可能」となった住宅から順に片付けのボランティアを派遣する考えだ。大型連休ごろを受け入れのピークにしたいという。

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