[PR]

 1984年の第66回大会。金足農は初出場した夏の甲子園で4強入りを果たし、準決勝では桑田・清原の「KKコンビ」を擁するPL学園(大阪)と激闘を演じて「金農旋風」を巻き起こした。当時のエースや監督も、甲子園で躍動する選手たちを見守っている。

 34年前、水沢博文さん(52)は今大会の吉田輝星投手のように、ほぼ1人で投げ抜いた。「甲子園は球場の声援からもらうパワーが全然違う。疲れは感じなかった」と振り返る。17日の横浜戦でも、「力を与えられるように」と声援を送った。

 吉田投手はこの日、12安打を浴びながらも粘りの投球をみせ、八回の逆転3点本塁打につなげた。

 水沢さんは84年の夏を思い出していた。金足農は3回戦で唐津商(佐賀)と対戦。初回に2点先制され、3点差を追いつくも、すぐ引き離される苦しい展開。だが、九回に一挙3点を挙げて逆転勝ちした。

 水沢さんは「逆転を信じ続けた」と当時を振り返り、「今日の選手たちもそうだったのでしょう。本当に感動しました」。

 当時のチームは準決勝でPL学園と対戦し、八回裏に2点本塁打を浴びて逆転負けした。「あとは楽しんでほしい。自分たちの『4強』を超えてくれるのが楽しみです」と期待する。

 当時の監督の嶋崎久美さん(70)は「犠打などの失敗もあるなかで、秋田大会で出なかった本塁打が2本も出るとは。感動した」。

 吉田投手という絶対的エースがいて、他の選手も負けじと頑張る。失敗はカバーし合う。そんなチームワークが、今年の強さだと感じている。「甲子園の舞台が、1試合1試合、選手を成長させる。当時もそうだった」と目を細める。

 「とにかく泥臭く点を取る。それが農業高校。甲子園という『農場』に大きな花を咲かせて欲しい」(石川春菜)