インドのアタル・ビハリ・バジパイ元首相が16日夕(日本時間同夜)、首都ニューデリーの病院で死去した。病院当局が発表した。93歳だった。直接の死因は明らかにされていないが、今年6月から肺のうっ血などのため入院していた。1998年に核実験を強行し、インドの核武装を進めた一方、経済自由化の流れを加速させ、高度成長に道を開いた。

 青年時代にヒンドゥー至上主義団体に参加。長く政権の座にあった国民会議派に対抗する勢力の中で頭角を現し、80年にインド人民党(現与党)の創設メンバーとなった。同党を二大政党の一角に育て、96年以降、首相を3期務めた。

 2期目の98年、24年間封印していた核実験を「中国の脅威」を理由に強行。対立関係にあったパキスタンも核実験で対抗し、南アジアの核危機を招いた。

 国際社会から制裁を受けて一時孤立したが、中国への牽制(けんせい)役としてインドに期待する米国との関係を短期間で修復し、事実上の核保有国としての地位を認めさせることに成功した。パキスタンとも和平を試みたが、国境紛争が再燃し、パキスタン系の過激派によるとみられるハイジャックや国会襲撃事件などが続き、果たせなかった。

 経済面では国営企業の民営化や財政再建、インフラ整備などを積極的に進め、巨大市場を成長軌道に乗せたと評されている。

 2004年の総選挙で敗れた後、まもなく政界を引退。糖尿病や脳卒中などを患い、公の場に姿を見せることはほとんどなかった。タカ派色が強い人民党内にあって、温厚で誠実な人柄は党派を超えて尊敬を集め、詩人としても知られた。生涯独身で、養女が1人いる。(ニューデリー=武石英史郎)