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シャルル・アズナブールさん 94歳で来日公演するシャンソンの大御所

 1400曲以上のシャンソンを書き、60本以上の映画で演じた。

 「メロディー重視の米国で生まれていたら、歌手にはなれなかった。シャンソンは歌詞が大事なんだ」。この夏も南仏の自宅で机に向かい、歌詞を練った。

 アルメニア系移民の両親は20世紀初め、米国を目指したがフランスで手続きが滞り、そのまま住み着いた。貧しさから10歳頃で学業を諦めて俳優と歌手を志し、パリの舞台で日銭を稼いだ。1946年、シャンソン歌手エディット・ピアフに見込まれて前座で歌い、名が知られるようになった。

 でも「コンサートではいつも、あがっていた。観客が怖かった」。しゃがれ声、身長約160センチと小柄で、ぶきっちょな身のこなし。「無学」の引け目もあった。

 それが舞台を重ね、表情は豊かさを増した。身のこなしは軽くなり、今や観客に冗談も飛ばす。「私にとって舞台が学校だった。観客の反応からすべてを学んだ」

 多くの大物歌手が世を去り、数少ない大御所だ。だが「今でも街頭の子どものつもりだよ。歌詞も表現も、やりたいようにやる」。

 5月に自宅で転び、左腕の骨を折った。腕には骨を支える器具が埋まっている。「ステージに立つには、戦争に行くくらいの覚悟と体力が要る。でも、もう元気だ」。完全復帰する17日と19日の日本公演に向け、屈託ない笑みを浮かべた。