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 不意に起こる尿もれや、おなかの中で腸が飛び出す脱腸などの骨盤底のトラブルは、産後の女性だけでなく、アスリートや男性にも起こるといいます。こうしたトラブルを、正しい姿勢と呼吸法で予防するフランス発祥の理論「ガスケアプローチ」が日本でも少しずつ知られてきました。理論の提唱者、ベルナデット・ド・ガスケ医師(72)に、骨盤底を守るために、今私たちにできることを聞きました。

男性もアスリートも要注意

――ガスケアプローチでは、骨盤底(フランス語でペリネと言う)を守るために、おなかの中の圧力(腹圧)を上げないことを大事にするといいます。なぜでしょうか。

 ペリネに絶えず過度な圧力が加わっていると、骨盤底の筋肉が疲労して緊張する力を失ったり、臓器を支える靱帯(じんたい)がダメージを受けたりします。腹圧が高まると、圧力は体の弱い部分にかかり、女性の場合は下方にある膣腔という空間に向かって、いろいろな臓器が滑り落ちる傾向があります。その結果、臓器脱や尿もれなどが起こります。男性の場合は、鼠径(そけい)ヘルニア(脱腸)としてその影響が出てきます。

 臓器脱はよくお産と結びつけて語られますが、実はお産を経験したことのない人でも起こります。例えば、便秘でいつもいきんでいる人、習慣的にせきをしている人、スポーツマンなどは、過剰な腹圧をかけているので臓器脱のリスクが高いといえます。

 こうしたトラブルを予防する唯一の方法は、「腹圧をかけるのをやめる」ことです。そのための鍵となるのが、姿勢と呼吸、そして正しい体の使い方です。

――尿もれはスポーツ選手にも多いのですか。

 オリンピックや世界選手権を目指すようなトップアスリートを育成する国の機関(INSEP=フランス国立スポーツ体育研究所)が、出産経験のない若い女性アスリートを対象に調査したところ、競技種目によっては60%が尿もれに悩んでいることが分かりました。特にトランポリンは、選手の80%に尿もれがあり、うち14%が便やガスなどの肛門(こうもん)失禁を併発していました。平均年齢は14歳でした。

 スポーツの世界ではペリネの問題が置き去りにされていましたが、近年関心が高まっています。私は5年前から、骨盤底のトラブルを予防しながらパフォーマンスを向上させるための身体教育の教材づくりを、INSEPと進めています。

日常生活でも正しい姿勢を

――腹圧をかけないために、普段からできることはありますか。

 日常的なことを言えば、立っていても座っていてもどんな時も、正しい姿勢を取ること。腹腔(ふくくう)は肩のラインと骨盤のラインの間にあり、この二つの距離を縮める動きによって腹腔内圧は高まります。椅子に座るときには背もたれに寄りかからない、落ちている物を拾うときには体をくの字に曲げるのではなくひざを曲げてしゃがむ。日本の伝統文化であるキモノを着て、背筋を伸ばしたまま体を動かすイメージです。日常生活の中で姿勢を整えれば、それだけで訓練になります。

 呼吸も大切です。正しい姿勢で行う生理的な呼吸では、横隔膜は息を吐くときに上がり、息を吸うときに下がります。横隔膜の下にある臓器などはすべて、横隔膜と一緒に上下動をくり返しています。ところが、猫背や腰を反らせるなどの悪い姿勢だと、横隔膜の動きが制限され、臓器を引き上げることはできませんし、逆に呼吸の度に腹圧がかかってしまいます。呼吸は姿勢に左右されますから、やはりポイントは、正しい姿勢です。

 

産後の尿もれは改善する?

――ところで、ガスケアプローチはご自身の出産での体験がもとで誕生したそうですね。医師を目指すきっかけにもなった体験とはどのようなものですか。

 初めての出産の時、「反射的ないきみで産む」という経験をしました。その日は病院でお産が立て込んでいて、横になって一人で待っていました。そのうちにお産が進んで、反射的にいきみが入って赤ちゃんが出てきました。意識的に一生懸命にいきむのがお産だと聞いたのは、その後のことです。

 反射的なお産については、詳しい文献や説明がなかったため、自分で調べました。調べていくうちに、こうしたお産を経験した女性は、尿もれが少ないことが分かってきました。

――お産では、分娩(ぶんべん)台で取っ手に捕まりながら、一生懸命いきむことが多いと思います。

 反射的なお産では、嘔吐(おうと)のときと同じように、下腹部の筋肉が反射的に収縮して、子宮は上に持ち上がります。これに対して、息を吸って止めて一生懸命にいきむと、臓器を下に押し出す力を加えながらお産をしていることになります。生理的な反射とは逆ですね。いきむこと自体が尿もれや臓器脱の原因になるのです。

――お産などで骨盤底筋群が傷ついてしまい、尿もれや臓器脱に悩む女性は多いと思います。ガスケアプローチで、症状を改善することはできますか。

 お産や過度の腹圧によって伸びてしまった靱帯が戻ることはありません。ペリネを保護するためには、予防が大切です。

 予防には二つの段階があります。何かが起こる前に起こらないようにする予防と、起こってしまった後に悪化させないための予防です。例えば、臓器脱や鼠径ヘルニアを手術で治しても、腹圧をかける生活を続けていれば再発してしまいます。手術を受けたとしても、その後の予防がやはり大切なのです。

 避けるべきを避ければ、回避できることがたくさんあるのです。

――尿もれの治療では、骨盤底の筋肉を鍛える骨盤底筋体操(ケーゲル体操)が行われます。こうした体操とガスケアプローチは、どこが違うのでしょう。

 骨盤底の筋肉は多層構造になっていて、表層に近い部分にあるのが尿道や肛門(こうもん)の引き締めをサポートする筋肉です。深層には臓器を支える筋肉があります。いわゆるケーゲル体操や排尿を途中で止めるような体操は、表層に近い「恥骨直腸筋」だけを収縮させます。奥で臓器を支えている筋肉に働きかけるためには、姿勢と呼吸を考慮したグローバル(包括的)なアプローチが不可欠です。また、日常的に腹圧をかけない動作を心がけることも大切です。

日本でもガスケアプローチを

――2014年に日本ガスケアプローチ協会が設立されました。日本での今後の展開は。

 日本では2008年から、医師や助産師、理学療法士を対象に指導者の育成や研修を続けています。将来的には、協会が認定した指導者の名前をホームページで公開して、日本全国どこにいてもガスケアプローチを受けられる体制ができればと思っています。

    ◇

<ベルナデット・ド・ガスケ>

 1946年生まれ。ペリネ専門医、ヨガ指導者。自身の出産体験をもとに医学の道を目指し、47歳で医師になった。女性の骨盤底を守ることを目的にした「呼吸と姿勢からのガスケアプローチ」を構築し、普及活動に携わっている。

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<ガスケアプローチ>

 1990年代にガスケ氏が提唱して始まった。ベルギー、スイス、カナダなどで普及している。産前産後の女性やスポーツ選手などを対象に、骨盤底に負荷をかけない呼吸法や姿勢などを指導している。日本では2014年に一般社団法人の日本ガスケアプローチ協会が設立され、医師、助産師、理学療法士を対象に、指導者の育成が進められている。これまでにのべ700人が研修に参加したという。

 

<アピタル:医療と健康のホント>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/honto/(聞き手・鈴木彩子)