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 夏の甲子園で準優勝した金足農が23日、同校で報告会を開いた。躍進を支えた吉田輝星(こうせい)君(3年)は「力以上のものを出させてくれた応援のおかげだと思っています」と話した。相手の特徴に応じて投球術を変える器用さ、そして強心臓を持つ絶対的エースは、いかにして生まれたのか。

 「家では片付けをしない、だらしない子です」。吉田君の父、正樹さん(42)は笑う。金足農の投手だった正樹さんは、自分が所属していた草野球チームの練習に幼少期の吉田君を連れて行っていた。

 小学校の入学時、お祝いでグラブを買ってあげた。仕事が休みの週末にはキャッチボールをせがまれた。ボールの握り方から、一つずつ教えた。

 ある日、吉田君がプロ選手のマネをした。慣れない下手投げに正樹さんが怒ると、泣き出した。

 しかし、直後に「まだやりたい」。泣きながらキャッチボールをする様子を見て、「本当に野球が好きだし、何があってもやめないんだろうなと思った」と振り返る。

 中学年になると、ボールの回転を意識させた。「頭より体で覚えるタイプだった」。中学に入るとキャッチボールはしなくなったが、変化球について助言を求められることもあった。

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 中堅手の大友朝陽君(3年)とは一番の仲良しで、一、六、九回の守備の前に、片ひざを立てて刀を抜き、2人で「侍」のポーズをとる姿は、SNS上でも話題になった。

 授業で採取したヒマワリの種を先生にかけて怒られたり、「自分、絶対音感があるんです」と冗談を言ったり、大友君に苦手なカエルを近づけられると、声を上げて驚いたり、素顔は親しみやすい高校生だ。それでもマウンドに立てば、勝利への執念は人一倍強い。

 昨夏は秋田大会決勝で敗れ、負けず嫌いな性格に火がついた。雪が降り積もる冬場は長靴を履き、毎日2、3時間走り込んだ。時には自分より10キロ以上重い選手を肩車して歩き回る。

 がっちりした下半身は、それまでのLサイズのズボンでは収まらなくなった。安定感が増し制球力が向上。球速は3キロ上がった。

 精神面での成長もめざましかった。昨秋からは「チームキャプテン」を務めた。仲間を励まし、時には嫌われ役も買って出た。中泉一豊監督も「我の強さがなくなり、仲間を考える責任感が出てきた」と話す。

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 大阪桐蔭との決勝。吉田君は前夜、帽子のつばの裏に「マウンドは俺の縄張り」と書いた。元々は「自分は仲間、秋田を背負ってる」という意味で「覚悟」と書いていたが、汗で消えてしまったからだ。

 だが相手打線につかまった。「あとはお前に任せた」。打川和輝君(3年)は普段聞かない吉田君の「託し」の言葉に燃えた。

 粘投する打川君に、ベンチ内で毎回、「ナイスピッチ」と声をかけた。試合後、応援団にあいさつをした吉田君は泣き崩れた。そんなエースを、仲間たちが抱えた。

 「地域の方々や仲間に支えてもらった大会だった」。試合後、赤く目を腫らして、感謝を口にした。「この悔しさはこれからの野球人生で晴らしたい」。根っからの「負けず嫌い」は、次のステージを見据えている。(神野勇人)