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Round21 高校野球のこれから 庄司vs.論説委員

 高校3年の夏。

 お笑い芸人の庄司智春は、ベンチから声を張り上げ、グラウンドの仲間を鼓舞していた。サードとして懸命に練習を積んだが、レギュラーの座はつかめなかった。ただ、リーダーシップが評価され、副キャプテンとして三塁コーチャーや伝令を任されていた。

 小さい頃、兄の影響で始めた野球。中学でも軟式を続け、「甲子園に行きたい」と念じた。私学の実力校・東京実業(東京都)を選んだが、いざ入部すると、自分と他の部員たちのレベルの違いにたまげた。そもそも硬式野球が、軟式とまったく違う競技に感じられた。

 そんな思い出話を聞いていた今回の対談相手、朝日新聞論説委員の西山良太郎は言った。スポーツの取材経験が長く、少年野球の現場にも詳しい。「硬式の練習についていくのは、大変だったんじゃないですか?」

 庄司は相づちを打った。バウンドしづらい硬式球に合わせたグラブさばきを、徹底的に指導された。「下からグローブ出せ、下から!」と、何度言われたことか。

 鮮明なのは、練習中に水を自由に飲めなかった記憶だ。河川敷のグラウンドで、川の水をまいて散水する時に、「あれっ?あれっ!」とホースが暴れるようなふりをして、飛び散るしずくをペロリとなめた。のどの渇きが一瞬、癒やされる気がした。

 上下関係も厳しかった。1年生は3年生に直接話しかけず、2年生を介する決まり。言ってみれば3年生は「神」のような存在だった。そして自分(庄司)もたぶん、ものすごく厳しい3年生にみえた、だろう。

 西山は、最近のスポーツ界で過剰な上意下達が問題となっていることに触れつつ、「いきなり3年生が1年生を怒ると萎縮しやすいから、いったん2年生を挟む。ワンクッションを置くのは、知恵かもしれませんね」と読み解いた。

 庄司はどんな副キャプテンだったのか。厳格な監督の顔色をみて場を和ませたり、チームの誰より大声を出したり。一言で言えばムードメーカー。主将は「俺についてこい」と引っ張るタイプではなかったので、それを補う感じかなぁ……。

 西山は「本当は試合に出たいんだけど、チームの中でふさわしい役割を果たす。その経験は今に生きていますか?」と尋ねた。

 庄司は深くうなずく。メチャクチャつらい日々だったけど、心身の成長の場だったのは間違いない。調整役として動くことで人間観察の力がつき、今のお笑いの仕事にも役立っている、気がする。

髪形自由に、休みもあったほうが

 庄司が高校野球部を引退してから約20年がたつ。違和感を抱く当時のしきたりももちろんある。

 まずは髪形。「丸刈りが格好いい」と現役時は強く思っていた。部員全員が同じ気持ちを整えるためにも、と。憧れの球児たちはみな丸刈り。甲子園でキラキラ輝いて見えた彼らに、髪形も近づきたかったのだ。

 しかし今は、長髪でも全く問題ないと、考え方が百八十度変わった。丸刈りが嫌で中学いっぱいで野球をやめた子がいた。すごく上手な子だったのに。髪形を理由に才能が埋もれてしまうなんて、もったいなさすぎる。

 次に、休みの少なさ。夏の地方大会を終えると、その翌日だけが休みで、すぐ新チームの練習が始まった。ほかは正月三が日以外、無休だった。当時は休まないで頑張ることが好きだった。でも今は、きちんと休んだ方が絶対にいいと思う。

 「どうして休んだ方がいいと思うようになったんですか?」と西山。

 庄司が挙げた理由は二つだ。

 まずは肉体面。筋トレを欠かさない庄司は、筋肉を休ませて栄養をとり、回復を待てばさらに強くなるというサイクルを実感している。高校生の若い体への負担も心配だ。

 次に、座学などを通じて、別の角度から野球を学ぶ機会ももてるのではないか、ということ。現役時は練習に必死で、夏の甲子園をテレビで見た記憶がない。強豪校の試合を見て得られるものは、知識の上でも気持ちの上でも、大きいだろう。

 西山はここで、国が「部活動改革」として週1回の休み導入を呼び掛けていることを紹介した。特に中学校に対しては、平日1日に加え、週末の1日も休日とするよう求めている。

 西山は「週1回休みにしている高校の野球部は多いんですよ」。休日を設けている学校が8割を超えた、というデータ(日本高野連・朝日新聞社調べ)を紹介した。

変わる高校野球

 西山は「高校野球の進化」について説明を始めた。水を飲むのが禁じられていた時代は終わり、練習が長引けば、途中でおにぎりや軽食をとるのもごく当たり前となった。

 戦術面でも、大リーグなどの潮流が変化をもたらしつつある。

 昔はバント戦法が主流で、「ゴロを打てば何かが起きる」と考える指導者が多かった。しかし、近年は内野手の頭を越すことをめざすアッパースイングが脚光を浴び、「フライボール革命」などと呼ばれている。

 ほかには「2番打者最強説」。2番にバント上手を置いてつなぐのではなく、最強バッターを置いて大量点を狙う理論だ。

 こうした知識を、高校生もネットなどで素早く吸収している。西山は「うちは従来の作戦でいいのか、と悩む子に、指導者は理論的に教える必要がある。難しい面もあるんですよ」と明かすと、庄司は「えーっ!」と驚きの声を上げた。監督に「こういう作戦の時代ですよ」と進言するなんて、あり得ないことだった。今でも監督に会うと直立不動になってしまうのに。

いろんなスポーツ経験できる仕組み

 この夏、全国高校野球選手権大会は100回大会を迎えた。3781チームの頂点に立ったのは大阪桐蔭。準優勝の金足農を含む3780チームが負けを経験した。

 庄司は、後輩たちの応援のため、東東京大会に出向くことがある。攻守がチェンジになるたびに、ベンチから飛び出すように選手を迎える控え選手に目がいく。補欠だった自分同様、この子たちのそれぞれにも高校野球があって、「めざせ甲子園」があると思うと、目頭が熱くなる。

 そんな話をすると、西山は「レギュラーでない部員たちも意味ある役割を果たし、すばらしい体験をしているが、美化しすぎることは変えていってもいいかもしれない」と異論を投げかけた。

 たとえば米国では、野球で控えの子が冬にはスキーで大きな大会に出るといったシーズン制が敷かれていて、様々なスポーツに可能性を見いだせる環境がある。野球でレギュラーになれない子が、他のスポーツで頑張ってみる。そんな多様性も、あっていいのではないか。

 庄司は、試合に出られなかった野球部の3年間に、後悔の念は抱いていない。出場できれば、もちろんもっとよかったけれど。

 ただ、もし別のスポーツをしていたらどうだったかな、才能があったのかな、と空想することは、ある。

 だから、サッカースクールに通う小学校1年生の息子に、一つのスポーツに集中するよう方向付けることは、していない。息子に「一つを始めたら投げ出すな」とは言わないつもりだ。

 西山は提言した。「少子化もあって、スポーツ間で子どもを取り合い、囲い込むような動きもあります。でも、中学生くらいまではいろんなスポーツを体験できる仕組みもいいと思います」

めざすべきものとは

 200回大会に向けて、めざすべきものとは。

 西山は、2010年に学生野球憲章が全面改正された時の議論に関わる機会があった。「部員は学生野球を行う権利を有する」という一節が入ったことを庄司に説明し、次のように語った。

 「これはすごく大事で、一昔前の高校生スポーツは違ったと思うんです。ただ、野球をやりたいと思えばやらせてもらえる、ということが実現したかというと、まだ不十分な部分があると思う。スピード感を持って変わっていってほしい」

 また、熱中症対策など、大会運営にまつわる課題もクローズアップされた。今年は試合中の給水休憩を設けたり、観客への注意が呼びかけられたりしたが、西山は「安全面の課題は、時代に合わせて常に変える必要がある」と指摘した。

 庄司は今夏も、芸人仲間と高校野球中継に夢中になった。西東京大会決勝。たった1球で試合の流れががらっと変わった。選手たちの精神的な揺れが、勝ちへの執念が、画面を通して伝わってくる。プロ野球にない魅力がそこにある。

 甲子園の独特さは、伝統を守ることで生まれていると、庄司は思う。200回へ向けても熱い戦いが続いていってほしい。

 伝統を守るために、変えていくべきこととは。西山の指摘した論点にも目配りしつつ、「庄説」で自分なりに考えてみよう、と思った。

◇論説委員プロフィル

 西山良太郎(にしやま・りょうたろう) 1984年に朝日新聞社に入りました。以降、30年余りの記者生活の8割ほどはスポーツ報道に関わってきました。この間の変化として大きかったと感じるのはBSやCS放送の存在です。これによって4年に1回の五輪やW杯だけでなく、大リーグや欧州のプロサッカーの試合をリアルタイムでみることができるようになりました。世界の壁は一気に身近になった。野茂英雄が苦闘しながら切り開いた道を、二刀流の大谷翔平が軽やかにそして力強く前へと進んでいく姿をみると、素直に感動を覚えます。

 目下、気になっているのは「eスポーツ」です。テレビゲームが近い将来、五輪競技になる可能性は十分あります。プロゲーマーの多くは他のスポーツ選手と同じように莫大(ばくだい)な時間と真摯(しんし)さをもって取り組んでいます。もちろん、異論も多いでしょう。スポーツを規定するものは何か。eスポーツを考えることは、スポーツそのものを考えることにもつながっています。

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