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 東日本大震災から11日で7年半。津波で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町でも復興が進む。俳優で歌手の中村雅俊さん(67)は女川町の出身。「自分にできるのはそっと背中を押してあげること」と語る。

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 あの日、東京都内でドラマのロケをしていた。「三陸沖が震源なら、女川に津波がやってくるはずだ」。すぐにそう思った。

 「宮城出身なので、地震があったら津波だと子どもの時から言われていた。1960年のチリ地震津波も経験した。小4のころだと思う。サイレンで目が覚めて山の方に行くと女川湾が見えて、海の底が見えるんですよ。しばらくすると津波が来る。実家の1階の天井まで海水につかった。津波警報が発令されると、急いで荷物を2階に上げる。落ちついたら下ろす。18歳で故郷を出るまで何度もありました」

 東日本大震災では町の3千棟以上が全半壊し、死者・行方不明者は人口の8%にあたる827人に上った。被災地入りしたのは、2011年4月14日。変わり果てた故郷の姿に言葉を失った。思い出の場所や実家も無くなっていた。

 「がれきだらけで、本当に跡形がなかった。俺の家どこにあったんだっけって。4月でありながら、まだ震災の直後という感じがあって、ものすごくざわざわしていた。死を覚悟した人もいたし、目の前で肉親が流されていくのを見ている人もいた。悲劇があちこちにあって、すごくつらかったですね。顔見知りの人もいるので、避難所に行ったら地元の人から、『遅い!』って怒られた。でもそう言ってくれて、自分の中で気持ちが少し楽になった」

 いとこも3人亡くなった。その…

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