今月25日に亡くなった石弘光(いしひろみつ)さんは、税法・財政学の第一人者として、政治家や国民に「負担の覚悟」を問い続けた一言居士だった。末期の膵臓(すいぞう)がんの闘病中であることを公表した晩年、石さんの言論はますます研ぎ澄まされていった。

 政府税制調査会(税調)の会長だった2005年夏、石さんは自民党議員の激しいバッシングを受けていた。所得税の各種控除(非課税となる所得)の縮小などを提言した政府税調の報告書が「サラリーマン増税」と報じられ、その直後の東京都議選で自民党が苦戦した「戦犯」に仕立てられていた。

 「都議選のことなんて頭になかったよ」と、石さんは苦笑いしていた。

 自民党政権下での税の議論は、専門家らによる政府税調と、国会議員による与党の税制調査会(党税調)の両輪で進めるのが慣例。政府税調がまず中長期的な税制の「あるべき姿」を示し、与党税調は業界団体などの利害を調整しながら具体的な税制改正を決めるという役割分担だった。

 有権者に不人気な増税から目を背けたがるのは政治家の習性だ。ならば選挙を気にしなくてすむ政府税調が「苦い話」を言い続けなくては日本の財政はもたない。そんな使命感が石さんを突き動かしていた。

 しかし06年、石さんを政府税調会長に再任する財務省の人事案は幻となった。第1次安倍政権が却下し、法人減税による経済活性化を唱えた本間正明・大阪大教授(当時)を後任に据えたのだ。

 政府税調の「ご意見番」的な役割は、石会長時代で事実上、終わった。その後の政府税調は、ときの政権の意向に沿って助言する機関へと性格を変えた。

 会長を退任した後も、石さんは増税や財政再建の必要性を唱え続けた。増税に向き合わない政治家の姿勢を「ポピュリズム(大衆迎合)」と批判し、消費税率10%への引き上げを先送りし続ける安倍政権への苦言もためらわなかった。

 08年から「安曇野」のペンネームで執筆を続けた本紙コラム「経済気象台」でも、「負担の覚悟」を繰り返し問うた。安倍政権が消費増税の先送りを掲げて衆院解散・総選挙に踏み切った14年11月のコラムでは「何のための解散・総選挙か」と題し、「増税自体の是非を国民に問うならまだしも、野党あげて棚上げした先送りは争点になりえない」と、日本の政治状況を一喝した。

 末期がんを公表した17年以降は、医療制度改革でも積極的に提言を続けた。今年はじめの朝日新聞のインタビューで石さんは、本来は月数十万円の抗がん剤治療の自己負担がわずかで済む日本の医療制度を皮肉交じりに語り、その財源を負担する現役世代を思いやった。

 絶筆となった今年6月27日付の経済気象台では、森友・加計問題による国民の政治不信を嘆き、「官邸、与党、関連官庁は幕引きしたがっているが、国民の多くは何も解決されていないと感じている」と断じた。そして、ペンネーム「安曇野」さんは石さんだと明かすことを了としてくれた。

 山をこよなく愛した石さん。快活な江戸っ子口調は、抗がん剤で髪が抜け、爪が真っ黒になってもちっとも変わらなかった。(野沢哲也、長崎潤一郎)