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 ヨーロッパの国々をはじめとして、世界では死刑を廃止・停止する国が増えています。なぜ、これらの国は死刑を取りやめたのか。一方で、死刑を存続させる国の事情からは何が見えてくるのでしょう。海外の事情に詳しい識者から話を聞き、皆さんと考えます。

議論する情報 あまりに不足

 日本の死刑制度は、他国の人の目にどう映るのか。米国生まれで、国文学研究資料館長を務めるロバート・キャンベル東大名誉教授(60)に話を聞いた。

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 日本の倫理観には、「命を大切にする」という考えが脈々と受け継がれています。被害者や遺族の痛みを他人事と思わず、思いを寄せ、共感する。日本社会はそうやって悲惨な出来事を乗り越えてきたわけですから、「凶悪事件を起こした加害者は命をもって償うのが当然だ」という道徳観も、正面から否定することはできないと思うんです。

 ただ、私自身は、死刑が廃止に向かっている海外の考え方に整合性があると思います。冤罪(えんざい)の問題や、死刑が犯罪抑止につながるデータがないということに加え、民主主義国家が人の命を奪うことにくみすることができません。

 日本の死刑執行の方法にも違和感があります。すべてベールに包まれていて、清潔に、においもなく、きれいに処理されていく。来日して初めて知った時、とても驚きました。執行の直前、死刑囚の目を布で覆い感覚器官を一つ奪うこと、絞首刑そのものの残忍さも無視できません。

 米国では執行に記者や被害者の家族、時には加害者の家族も立ち会い、何が行われたか、詳細に報道されます。命を絶つということが可視化され、報道を通じて知ることができます。

 執行の現実を直視するため、日本でもまず情報を求めることが大事だと思います。死刑制度に賛成、反対のいずれの立場であるにしても、議論のための情報があまりに不足しています。

 情報に触れた上で議論すれば、少し変化が生じるかもしれません。被害者の痛みに共感する気持ちと、死刑制度に反対する考えは、両立するものだと思っています。

「人道的な刑罰」の視点必要

 死刑制度を維持する国、廃止する国には、どんな背景があるのか。比較刑事法が専門で、各国の死刑制度に詳しい一橋大大学院の王雲海教授(57)に話を聞いた。

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 日本は道徳や義理人情など、文化的価値観を共有することを重視する社会です。その価値観から大きく逸脱する殺人などの凶悪犯罪を起こし、かつ反省の態度がないなど、例外的なケースに限って死刑を適用し、執行してきました。情報公開に消極的なのも、「隠す」というより、死刑囚やその家族らへの配慮のためでしょう。

 中国は日本と違って、政治的な理由で死刑を維持しています。対象となる犯罪は、殺人などだけではなく、麻薬の製造や販売、公務員の収賄、横領、経済犯罪も含まれます。麻薬犯罪に厳しいのは、アヘン戦争で英国に敗れ、列強の侵略を許した歴史が影響しています。また、国家として「中国共産党こそが人民の利益を守る」という立場を取っているため、公務員犯罪はもってのほかです。こうした犯罪に強い姿勢を示すことで、一党支配の正統性をアピールしているのです。

 中東や東南アジアでは、宗教的な要因が大きく影響しています。イランでは不倫が、マレーシアやシンガポールは麻薬犯罪が、それぞれ死刑に該当します。

 一方、欧州では政治家主導で死刑廃止が進みました。背景には、「我々こそが世界に人道主義や法の精神を打ち出し、広げた」という強い自負心があります。欧州連合(EU)が存置国を非難するのも同じ理由からでしょう。ドイツはナチスによる大量虐殺への反省から廃止となりました。

 注意したいのは、死刑を廃止・停止する国の一部で、他の刑の厳罰化が進んでいることです。終身刑が増えたり、性犯罪者を対象にGPS(全地球測位システム)による監視制度を導入したりしています。単に「存置か廃止か」を議論するのではなく、「人道的な刑罰は何か」という視点が必要だと考えます。

米の半数近い州・韓国 廃止や停止

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナル日本によると、2017年末現在、198カ国・地域のうち142カ国が死刑制度を廃止・停止しています。経済協力開発機構(OECD)に加盟する36カ国で制度が残るのは日本と米国、韓国の3カ国だけで、韓国は1997年の執行以来、停止しています。米国でも半数近い州が死刑を廃止したり、停止したりしています。米国のNPO「死刑情報センター」によると、米国内の執行数は99年の98人をピークに減少傾向にあり、17年は23人でした。

 制度を廃止する主な理由は、冤罪(えんざい)だった場合、取り返しがつかないことや、どんな理由であっても殺人を肯定しないとの考え方からです。英国は執行後に真犯人が現れた事件を受け69年に廃止しました。欧州連合(EU)は「生命の尊重」との基本理念から、死刑の廃止を加盟条件にしています。

 死刑制度の維持が、凶悪犯罪の抑止につながることを示す証拠が少ないことも、廃止を進める要因の一つとなっています。アムネスティによると、制度廃止国で「凶悪犯罪が増えた」との報告はないそうです。

 一方、制度を維持する国はアジアや中東に多く残ります。アムネスティによると、昨年は中国、イラン、サウジアラビアなどの国で執行が多かったとみられます。ただ、中国は死刑に関する情報がほとんど公開されておらず、実態が不明とのことでした。

被害者置き去り・政治判断を

 朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

●「まだ自分にはよくわからない。でも、ほかに方法があるようにも思えない」(三重県・10代女性)

●「私は地下鉄サリン事件に巻き込まれたひとりです。1人だけ死刑にならなかった人がいたり、被害者は置き去りな気がします。死刑って決まってから執行されるまで毎日がつらいだろうけど私はあれから何年たとうとつらいです。亡くなった方はなぜ死ななくてはならなかったのか…なにも分からないまま終止符を打たれたようで、いま一度考える時かと思います」(愛知県・50代女性)

●「死刑制度については、制度の実態や運用詳細が明らかにされない中で、表層的・感情的な議論に終始している感が否めない。死刑執行等の情報は無論、死刑囚の日常や悔悟の念が有る無し、被害者や遺族関係者の声等を含めて可能な限り情報を開示する必要がある。その上で、国家権力統制のあり方、応報刑や教育刑のあり方、刑事裁判の問題点等を含めた幅広い視点から冷静に議論することが可能となるのではないか」(大阪府・60代男性)

●「死刑について『国民的議論にゆだねるべきだ』と主張する政治家がいるが、国民の意向で決めるべき問題かどうかをよく考える必要がある。死刑を廃止した各国では、必ずしも国民の多くが廃止を望んだわけではない。むしろ世論は存続であった。多数決では死刑を廃止することは困難なのである。国家が命を奪うことの是非は、不人気覚悟で政治家が理性的に判断すべきことである。命を奪うことを多数決で決めるのは間違っている。民主主義を隠れみのにすべきではない」(神奈川県・60代男性)

●「オウムの死刑執行時に、子ども(中学生女子)に、死刑制度に批判的な意見(私の)を言ったところ、『それだけのことをしたのだから死刑は当たり前だ』と当然のように言ったことに衝撃を受けた。反対意見に誘導するつもりはないが、人が人を殺すという制度(しかも日本やアメリカといった一部でしか行われていない)を人権的にみた側面を学校教育などでも取り上げるべきだし、社会の中でももっと議論すべきだと思う」(東京都・40代女性)

●「死刑囚が再審で無罪になった例がいくつかある。冤罪(えんざい)のまま死刑が執行されたこともあるのでは。悪い人間を生かしても、無実のまま死刑にされるのを防ぐべきだ。『目には目を歯には歯を』のような感情が、日本で根強く残るのがよくわからない。被害者の遺族に処罰感情があるからといって、遺族が、死刑を執行する際の踏み台を開くボタンを自らの手で押せるだろうか。死刑制度を廃止した外国の例をとっても、凶悪な犯罪を抑止する効果はないと言われるが、新聞が数値で示して欲しい」(埼玉県・70代男性)

●「日本の死刑は判決から執行までの期間が長すぎる。法の下に死刑判決を下したのだから法に定められた期間内に執行することが死刑囚の精神的な負担も少なくて済むのではないかと思う。被害者遺族もまた、いつとは分からない執行を心のどこかで気にしながら生活を続けているのだろう。冤罪(えんざい)の可能性も排除できないのも理解しているが、明らかに冤罪ではない死刑囚に関しては粛々と執行していくべき。ただ、執行方法に関してはその方法も、手法もあまりに刑務官に負担がかかっているので、別の方法を模索しなければならないと思う」(神奈川県・40代女性)

●「死刑執行の方法はどんな法律に基づいているのかがわからない。どうして国民に開示しないのかもわからない。なぜなら米国は処刑する日も方法も開示している。当然国民が知るべきことであり、まして裁判員裁判で死刑を宣告するという責任を負っているのだから。それに、処刑される犯罪者といっても私たちと同じ人間です。その人にその朝告知しその後即首をつる、ということはあまりに非人道的です。その人にも家族も交流者もいるのでしょうから、最期の時くらいは別れを告げさせるべきではないでしょうか。日本の死刑執行の方法、死刑囚の処遇は間違っていると思います。少なくとも死刑についての情報はもっと開示すべきです」(東京都・60代男性)

●「死刑の是非について国民的な議論が進まない一番の原因は、多くの国民が知らないから。知らされてこなかったから。知らないことには議論できるはずもない」(埼玉県・50代男性)

◆この回は山本亮介が担当しました。

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