[PR]

経験に頼らず、事前の備えを

 台風は、高潮や土砂災害、洪水、暴風などの様々な災害をもたらす。

 台風が接近して強い風が吹くと、強風で野外の看板が飛んだり、立ち木や電柱が倒れたりする。豪雨では道路と水路の見分けがつかなくなり、人が落ちて流されることもある。

 浸水で避難が遅れた場合は、水につかって危ない道路を移動するのでなく、自宅の2階で助けを待つ「垂直避難」も有効な手段だ。ただ、土砂崩れや土石流のおそれがある場所では、2階も危険にさらされる。警報や自治体の避難呼びかけを聞き漏らさず、早めに避難することが重要になる。

 大型の台風で被害が広範囲に及ぶと想定されるのは高潮による浸水だ。寄せては返す波と違い、津波のように海面全体が高まるため、防潮堤を越えたり、堤防や水門が壊れたりすれば海水が流れ込み続ける。

 広い範囲が浸水すると、建物の上層などに避難できたとしても、避難者の人数が多すぎて助けが来るまで何日もかかる場合もある。計画的な避難や、孤立しても一定期間は生きていける備蓄などの対策が必要だ。

 警報や避難指示が出て、結果として被害がなかったとしても、「外れだった」ととらえず、「たまたま被害を逃れた」と考えて備えたい。台風は進路が少しずれただけで、強風や高潮、大雨に見舞われる場所は変わる。進路予報の精度はよくなったとはいえ、24時間後で平均100キロの誤差がある。

 大災害後、「こんなことが起きるとは親からも聞いていなかった」という声も聞かれる。しかし、自分や親たちの経験だけに頼っていては、数十年、100年に一回の大災害には備えられない。

 CeMI環境・防災研究所の松尾一郎副所長は「湾岸地域の開発が進むが、戦後、都市圏を襲った高潮災害を人々は忘れている。国や自治体はゼロメートル地帯の浸水リスクを知らせ、地域では高所避難の具体策を議論することが必要だ。家庭では台風が近づくにつれて、どう行動するかを事前に考えておくことが大切だ」と話している。

(2015年10月19日朝刊の記事を再構成。肩書は掲載当時)

水害に備える

 「水の力はとても大きい。その特性を知っておくことが備えの第一歩です」

 防災水工学が専門の石垣泰輔・関西大学教授は指摘する。

 石垣教授によると、水の力は水の深さと流れの速さに大きく左右される。プールの中で歩くと前に進みづらいのは水圧のせいだ。水圧は水深に比例するので、水深が2倍になると水圧は4倍に。「水深が50センチを超えると、成人男性でも何かの拍子にバランスを崩し転ぶ可能性が出てきます」

 幅80センチの一般的なドアにかかる水圧は、水深が10センチで4キロ、30センチで36キロ、50センチでは100キロにもなる。約800人を対象にした実験では、小学生を含めた全員が1人で開けられたのは水深10センチまで。30センチになると力の弱い女性や高齢者など成人でも開けられない人がいた。

 水の力は「流速の二乗」にも比例する。流速が2倍になると水の力は4倍になる。増水時の川の流れと同じくらいの毎秒2メートルを超えると、水深が10センチでも手すりなどにつかまらないと歩けなくなる。「ウォータースライダーを思い浮かべてください。一度転んだら、自力で立ち上がるのは困難です」

浸水は予想以上に早い

 川が氾濫(はんらん)した場合、川から離れた市街地でも浸水は想像以上の速さで広がる。過去の浸水データやシミュレーション結果から、水かさは1分間で約3センチ増えるとされる。「常総市でも思った以上に浸水が早く広がり、多くの住民が身動きがとれなくなったのではないか」と分析する。

 側溝などから水があふれる「雨水出水」にも注意が必要だ。地下道やくぼ地など、周囲より低い場所に水がたまりやすくなる。この場合は、一般的に毎分2センチ程度のスピードで水かさが増すという。

 「濁流で足元が見えず、ふたが開いたマンホールや側溝に足を取られる可能性もある。さまざまな危険が身近な場所に潜んでいます」

「災害・避難カード」の作成を

 様々な災害に対し、日頃からできる備えとして内閣府が勧めているのは「災害・避難カード」の作成だ。水害の場合、河川や地下道など危険要因ごとに避難する目安や避難場所を家族で話し合って決め、カードに書き込む。

 避難行動を研究する阿部郁男・常葉大学准教授は「安全な場所まで何分でたどり着けるか、タイムリミットを知ることも大切。予測される状況を洗い出し、あらかじめ取る行動を決めておくことで、早めの避難などにつながります」と利点を強調する。

 自宅周辺のリスクを知るには、各自治体の防災マップが役立つ。洪水時などの浸水予測エリアを確認できる。

 台風の接近など大雨の恐れが強まったら気象情報に注目。近くの河川の上流の雨量や水位のチェックが必要で、事前に観測所や地点を調べておくと安心だ。雨量は気象庁のホームページで。国管理のすべての河川と都道府県管理の一部の河川の水位は、国土交通省のホームページでリアルタイムで更新される。固定カメラの画像を見られる河川もある。観測所で定められている「氾濫危険水位」などを参考に、あらかじめ「危険の目安」を決めておく。その目安を超えたら、カードに沿った行動に移りたい。

 ただ、災害時は想定外のことも起きる。避難を焦ることで、かえって危険に陥る状況もある。自宅の2階や近所の高い建物にとどまるなど、状況に合わせた判断が必要だ。

車の浸水のめやす

 車の運転中、浸水に遭遇する可能性もある。水深が30センチ程度でマフラーから水が入ってエンジンは停止する。水深が60センチ程度になると、成人男性でも水圧でドアを開けるのが難しくなる。窓から脱出する必要もあり、電動のパワーウィンドーが開かない場合に備えて窓を割る専用ハンマーを常備しておくとよい。

 阿部准教授は「行政は適切に情報を伝える責務があるが、自分や家族の命を守るためには、より主体的に情報を収集する『知る努力』も欠かせません」と話す。

(2015年9月15日朝刊の記事を再構成。肩書は掲載当時)

地下、アンダーパス

 利便性を追求した現代都市は、路面の多くが舗装されて雨水が地中に浸透しにくく、豪雨で排水が追いつかずに浸水が起きやすい。地下街や地下鉄の駅ではどこから雨水が流れ込んでくるか予測しづらい。

 日射の熱もたまりやすく、工場やエアコンの排熱が加わったヒートアイランド現象で上昇気流も起きやすくなり、東京都心の夏の夕方~夜では、ゲリラ豪雨のような突発的な雨が、100年間で5割近く増えたとの研究がある。

 京都大大学院の戸田圭一教授(防災水工学)は「都市が水害に弱いことを意識し、何が起こるか知っておくことが重要だ」と話す。

 特に危険が高まる地下は、最も注意が必要だ。1999年の福岡水害では川が氾濫してJR博多駅周辺が浸水。ビルの地下に取り残された女性が死亡した。

 浸水して水位が高くなると歩くことが難しくなり、子どもや高齢者の場合は水深20センチ程度までとされる。水圧がかかる扉は押し開けづらくなり、戸田さんらの実験では、子どもは水深30センチ、成人男性で40センチが限度だった。地上や上階の水深が30センチになると、流れ落ちる雨水で成人男性でも階段を上ることが困難になる。

 東京消防庁は、こうなる前に逃げることを呼びかけている。万一、地下に取り残された時は中身を空にしたペットボトルなどにつかまり、顔が沈まないように救助を待つ。天井が高い部屋は水没までの時間が長くなる。

 全国に約3500カ所あるアンダーパス(立体交差で掘り下げている道路)も注意が必要だ。冠水後に自動車で進入して動かなくなり、乗っていた人が死亡する事故が相次ぐ。

 日本自動車連盟(JAF)が、セダンと車高が高いSUV(スポーツ用多目的車)で冠水した道路を走る実験をしたところ、水深30センチではどちらも走れたが、60センチではセダンは走れず、SUVも速度を上げると走れなくなった。

 豪雨で視界が悪い中、運転席から水深を測るのは難しいため、進むうちに深みにはまることがある。水没してしまった場合は、落ち着いて車から脱出を図る。

 水圧でドアは開けづらくなるが、車内が浸水すると水圧差がなくなり開けられることもある。ドアが開かない場合に備え、ハンマーを車内に常備し、サイドガラスを割るのが確実だ。引き抜いたヘッドレストの金属棒をガラスと枠の間に差し込んで押し、テコの原理で割る方法もある。

今ここ危険?

 水害から命を守るには、自宅や職場がある地域のハザードマップで避難場所や安全な経路をあらかじめ確認し、雨が近づけば早めに避難することが重要だ。1時間後までの詳細な予想が見られる気象庁の「高解像度降水ナウキャスト」や、川の水位や雨量がわかる国土交通省のサイト「川の防災情報」が役立つ。

 出張や旅行先などで豪雨にあう可能性もあり、その場所のリスクを知ることも重要だ。スマートフォン向けの無料サービス「ハザードチェッカー」は、位置情報を元に、今いる場所の洪水・津波・土砂災害などのリスクをまとめて知ることができる。近くの避難場所の位置や発表中の気象警報もわかり、知らない場所での避難の参考になる。操作は、サイト内の「今ここ危険?」のボタンを押すだけだ。地図や住所入力を使えば、別の場所について知ることもできる。

 兵庫県立大大学院の有馬昌宏教授(社会工学)らが開発し、昨年度、国土地理院の防災アプリ大賞に選ばれた。更新される浸水想定なども反映しており、有馬さんは「複数の情報をまとめて見られるので、避難に生かしてほしい」と話す。

 街を歩く人々に豪雨を知らせる取り組みも始まっている。

 大阪府は昨年9月、ゲリラ豪雨を事前に察知して府営公園の利用者を避難させる実験に成功した。大阪大吹田キャンパスに設置された新型のレーダーが、約15キロ離れた深北緑地(大東市)上空の積乱雲をキャッチ。園内放送で豪雨の恐れがあることを伝え、利用者らは避難。7分後に雨が降り始め、落雷もあったが被害はなかった。

 福岡市では2015年、GPS(全地球測位システム)では位置を把握しづらい地下街にいる人のスマホに、地上の避難場所など緊急情報を伝える実証実験をした。電波の届く距離は約10メートルだが詳細な位置情報を発信できるビーコンを使い、地下での位置を把握。利用者ごとに最適な避難情報を伝えるねらいだという。

高潮や氾濫

 雨の降り方によって都市型水害にも複数のパターンがある。頻度が高いのは、短時間の豪雨などで排水が間に合わなくなる「内水氾濫」だが、元東京都職員でリバーフロント研究所技術参与の土屋信行さんは「最も恐れるべきは台風と高潮による水害だ」と警鐘を鳴らす。

 東京や大阪、名古屋などには海面より地面が低い「ゼロメートル地帯」が広がる。高潮が発生し5千人以上の死者・行方不明者を出した1959年の伊勢湾台風のような台風では、風による吹き寄せや低気圧による吸い上げで潮位が上がる恐れがある。国は東京で高潮が発生した場合、東部を中心に最大7600人が死亡すると想定している。

 都市近郊の河川が決壊や氾濫を起こせば被害はさらに増える。47年のカスリーン台風では利根川の決壊などで1100人が死亡。一昨年の鬼怒川の水害では茨城県常総市で2人が死亡し、4千人以上が市街地などに取り残されて救助された。

 高潮や河川氾濫では排水に数週間かかることもあり、自宅に一定期間とどまることを想定した備えが必要な場合もある。ハザードマップなどで確認しておきたい。

(2017年9月25日朝刊の記事を再構成。肩書は掲載当時)

こんなニュースも