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 学徒動員のことを知ってほしい――。太平洋戦争中、長崎県大村市にあった航空兵器工場で働いた諫早高等女学校の同級生2人がこのほど、朝日新聞長崎総局に連絡を寄せた。10代だった同世代の多くが強いられた学徒動員は「人生で一番嫌な思い出」。それでも、たくさんの人に知ってほしいと考え、記憶をたどってメモにまとめた。

 長崎県諫早市西栄田町の池田オチホさん(88)と、長崎市弁天町の大神英世(ひでよ)さん(88)。メモなどによると、2人は諫早高等女学校3年生だった1945年6、7月ごろから終戦間際までの間、郡川(こおりがわ)が近くを流れる現在の大村市立萱瀬中学校(同市田下町)付近にあった工場で働いた。

 働いていたのは、大村湾沿岸に41年に開設された第21海軍航空廠(しょう)の一つの工場。「流星」や「紫電改」など軍用機やエンジンの製造・修理を担った。最盛期には180棟余りの工場に約5万人が働いたとの説もある。44年10月、大村大空襲で壊滅的な被害を受け、萱瀬地区などに疎開工場を建設。終戦後の45年11月、正式に廃止された。

 動員された生徒たちは市内の小…

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