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 震度7の揺れに見舞われた北海道厚真(あつま)町では、6日夜時点で、5人が死亡し、3人が心肺停止、安否不明者は31人にのぼっている。

 「小さいころよく遊んだ裏山が両親をのみ込むなんて……」。北海道江別市の畑島久雄さん(54)は、厚真町の遺体安置所の前で涙ながらに話した。

 6日朝、朝日地区にある両親宅の近くに住む兄から、「家が大変なことになっている」と電話があった。自宅から急いで駆けつけると、実家の1階部分が完全に土砂にのみ込まれていた。

 1階で寝ていた父武司さん(86)と母富子さん(81)の捜索が始まっていた。ようやく見つかった2人は何メートルも土をかぶっていたが、安らかな表情をしていたという。

 武司さんはコメ農家一筋。暮らしは裕福ではなかったが、久雄さんら息子3人を大学まで進学させた。幼いときに自分の父親を亡くし、長男として弟たちの父親代わりとなり、育てたという。

 富子さんは子どもを大事にし、いつも笑顔を絶やさない優しい母だった。いくつになっても、7人の孫と久雄さんら息子3人の心配ばかりしていた。地震前日の5日朝、台風21号を受けて「風が強かったけど、大丈夫?」と話したのが最後の会話になった。

 久雄さんは今年8月のお盆、3人の子どもと帰省し、両親と家の前で焼き肉を楽しんだばかりだった。「小さいとき、裏の山では木に登ったり探検したりして、よく遊んだのに」と久雄さん。両親の遺体とともに、自宅からアルバムが見つかった。「せめて思い出だけでも、出てきて良かった」。目を真っ赤にしながら語った。(遠藤美波)

5700人以上が避難所に

 道庁によると6日夜までに、61市町村に569カ所の避難所が設けられ、5700人以上が身を寄せた。

 被害の大きかった厚真(あつま)町では、町内7カ所に約920人が避難した。

 住民らは運動マットで横になったり、非常用発電機で動くテレビで被災状況を見たりしながら、不安な一夜を過ごした。

 町立厚真中央小学校には6日早朝から、近隣の住民が集まりだした。

 堀俊子さん(64)は「人の声を聞くというのが一番安心する」と目に涙を浮かべた。夫と、隣町の母の3人連れ。揺れの後、懐中電灯で照らしながら家を出て、「大丈夫ですか」と近所の人と声をかけ合ってやってきた。「無事やったか」と再会を喜び合う姿もあった。朝食には菓子パンとお茶、昼食にカップ麺と水が配られた。

 町のスポーツセンターには6日昼までに、老人ホームのお年寄りや近くに住む親子連れら88人が避難した。7月に生まれたばかりの長女を抱っこして避難してきた女性(35)は「避難所には、地元の知り合いもいるので安心だ。ただ、夜になって娘が泣き出さないか心配している」と話した。