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 暑い夏だった。だったでいいのか。まだまだ続くか。夏の初めに大水害が岡山、広島、愛媛を中心に襲った。わが家の前の小さな川さえも決壊寸前。その後は「熱中症に備えましょう」と一斉放送が市内のあちこちに流れた。猛暑日が当たり前になった。地はひびわれた。往診日は朝から小刻みに飲水、飲水。

 暑くて海へ。海が凪(な)ぐ、ということがなかった。海は連日波立っていた。泳ぐに泳げず、つかるのが精いっぱい。空の雲は、入道雲のなりそこねや、サーッとしたのや、灰色の塊、いろいろだった。かと思うと、黒い雲間から真っ赤な太陽が顔を出し、水平線へ落ちていった。空は茜(あかね)、残照が魔術師のように、東の雲まで橙(だいだい)色に染めた。すると突然の雨、虹が東の空にかかった。空は人の知らんところでつるんでいる。

 別の日の夏の夕暮れ。涼みに広っぱへ。西の空に大きく光る宵の明星の金星。その少し東に、くっきり輝く大好きな木星。中天に半月。月は惑星の間を日ごとに旅する。土星もいた。そうして東の空に、いつになく煌(きら)めく赤い火星。頭をぐるりっと北へ回すと、なじみの北斗七星にカシオペアに北極星。天上を見上げると、ベガ、デネブ、アルタイル。夏の大三角、今夏も健在。

 ごろりと茣蓙(ござ)に寝ころぶと夜空がいっそう広がった。あっ、やさしい光がゆっくり流れた。使い星、遊び星が別名の流れ星。夜は地上とは別世界の静けさが広がった。北斗七星の柄の先に明るい星、何だろう。調べてみると、うしかい座のアルクトゥールス、0等星。0等星ってあるんだ。今年初めて名を知る星だった。

 何等星まであるんだ。名を知らぬ無数の星々、きっと古代人も見つめ続けた。地球の暑さなど素知らぬ顔の悠久の宙(そら)に願った、地よ静まれ、と。

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。