長崎県知事を4期務めた高田勇(たかだ・いさむ)さんが8日、心不全のため長崎市内の病院で死去した。92歳だった。通夜、葬儀は東京都内で親族のみで行う。後日、お別れの会が開かれる予定。喪主は妻府子(もとこ)さん。

 東京都出身。自治省(現総務省)から出向し、長崎県総務部長、副知事を経て82年に県知事に初当選した。91年の雲仙・普賢岳噴火災害では、警戒区域の設置に反対していた地元の首長を説得。住民らを避難させた後に、大火砕流が起きた。

 82年の299人が犠牲になった長崎大水害の対応に当たったほか、中国の在長崎総領事館の開設、長崎「旅」博覧会を開催。九州新幹線長崎ルートの建設にも注力し、96年に着工決定にこぎ着けた。国営諫早湾干拓事業をめぐっては、97年に堤防排水門が閉め切られ、事業を疑問視する声が全国に広がったが、推進の立場を取った。

 今年6月まで、県国際交流協会理事長を務めた。(小川直樹)