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【アピタル+】患者を生きる・スポーツ「ペースメーカー」

 脈が大幅に遅くなる「徐脈性不整脈」を治療する医療器具として、ペースメーカーが知られています。電車やバスで「優先席付近は混雑時、携帯電話の電源をお切りください」などと放送されることもあります。ペースメーカーを入れると、日常生活にどんな支障が出るのでしょうか。東京女子医大と信州大で特任教授を務める庄田守男さん(59)に聞きました。

――ペースメーカーを入れるとスポーツができないと考えている患者さんがいます。

 残念ながら、誤解は少なくありません。周囲の人たちも含め、さまざまな思い込みや無理解によって、患者さんの自由が奪われています。職場での処遇や、就職・転職の際に差別されることを心配し、ペースメーカーをつけていることを打ち明けられない人もいます。

――説明書や注意書きを読むと、日常生活にほとんど制限はないようですが。

 スポーツについても、身体が激しく衝突するような競技は確かに注意が必要ですが、通常の運動であればほとんど問題ありません。最近のペースメーカーはさらに高性能化しており、旧来型のようなリード線が出ていない小さなカプセル型もあり、心臓の中に完全に埋め込みます。さらに安全性が高くなっています。

――今回の連載に登場したシニアチームでサッカーをしている男性は、ゴールキーパーをするのを諦めました。

 どの程度の激しさで競技するかによりますが、とくにシニアサッカーでのゴールキーパーがそれほど危険だとは思いません。両手でシュートを防ぐケースが大半で、ペースメーカーが植え込まれている肩の下でボールを受ける場面はそれほど多くないでしょうから。私も長くサッカーをやってきましたが、フィールドプレーの方が接触は多いです。あまり激しくぶつからないように注意して、無理のないプレーを楽しみましょう。

――日常生活でも、あまり心配はなさそうですね。

 よく耳にする不安として携帯電話の電磁波がありますが、かなり誤解されています。現実に即した知識が広がっていません。総務省の指針に基づいて、昔はペースメーカーと携帯電話を22センチ以上は離すように言われました。いまは緩和されたものの、15センチ以上とされます。しかし、国によってはこうした基準自体がありません。バスや電車では今でも「優先席付近では混雑時には電源をお切りください」とアナウンスされますが、こんなことをしているのは世界中で日本だけです。

――むしろ、弊害の方が多いということですか。

 迷惑をこうむるのは患者さんや一般の乗客です。あたかもペースメーカーが弱くて不安定な機械であるかのような不安を刷り込まれる。しかも、根拠のない「正義の味方」が現れて、携帯電話の利用者と争いになることもある。困った問題です。

 実際は、電車やバスの中で携帯電話によってペースメーカーが誤作動して健康被害を及ぼしたケースはありません。では規制の根拠とされるのは何かと言うと、10年以上も昔の検査結果です。ある携帯電話の1機種だけが、もっとも干渉を起こしやすい条件下で植え込み型除細動器に3センチまで近づけ、一過性のノイズが混入した例がありました。もちろん現在販売中の携帯電話では、干渉を起こすものはゼロです。

――そうした過剰な規制が、いわれない差別や偏見につながる気もします。

 私は患者会などで「携帯電話は使って大丈夫」と繰り返しています。聞かれた方にはよく理解いただけますが、十分に周知するのは難しい。実はこのことは、政府の担当者もよくわかっているのですが、少しずつ指針を弱める方向でしか変わりません。

 ペースメーカーも携帯電話も、次々と新製品が出ます。製造する企業にとっても、安全性の競争があります。現在の高い技術水準から考えても、誤作動は起こらないことがわかるでしょう。しかもペースメーカーは電池が切れるたびに新製品に置き換わりますし、携帯電話も古い機種はサービスが終了しているので使用できません。

――すると、気になるのは病院のMRI検査ぐらいでしょうか。

 ペースメーカーにはMRI検査ができるものと、できないものがあります。検査できないペースメーカーが植え込まれている患者さんが本当にMRI検査が必要な場合は、ペースメーカーとリード線を取り除く手術を受けねばなりません。しかし手術を受けることによるリスクも生じます。リード線が心臓や血管の中に入っているので、丁寧に外さないと身体を損傷する恐れもあります。

 実は最近、米国の複数の研究で、MRI検査に対応していないペースメーカーでも条件を整えれば摘出手術が不要で検査できることが報告されました。日本では米国のような体制が整えられていないので、現時点では非対応ペースメーカーのMRI検査はできません。

――電子レンジやIH調理器はいかがしょうか。

 電子レンジは、ふたを開ければ電磁波が止まりますし、閉めていればきちんと遮蔽(しゃへい)されています。故障していない限り、電磁波は外に漏れません。ただ、新しく登場してきたIH調理器については、あまり近づきすぎると問題はあります。携帯電話よりもはるかに強い電磁波が出ており、十分に遮蔽されていません。加熱中は極端に近づかないように気をつけてください。

――機器の日々進化しているようですね。

 現在の製品は、体温や呼吸の変化、体の動きなどを感知して適切な心拍数に変化するなど、高性能です。さらに最近は、スマホに連動して各種の健康データを送ったり、電池の残量を示したりできるタイプも開発されており、薬事法の承認を待っている段階です。今後、ペースメーカーは単なる不整脈の治療装置にとどまらず、より総合的な健康管理デバイスとして発展していくでしょう。患者さんも「積極的に自分で自分の健康管理ができるようになる」と大きな期待を寄せています。

写真・図版

心臓の病気
心臓は通常、一定の間隔で1分間に50~100回の拍動をしている。この脈拍数が大幅に少なくなってしまうのが「徐脈性不整脈」という病気だ。脈が減る原因としては、心臓を動かす神経の刺激が正しく起きなくなる「洞不全症候群」や、刺激が伝わらなくなる「房室ブロック」がある。加齢や肥満、高血圧によって引き起こされる。

ペースメーカー
この病気を治療するための医療機器がペースメーカーだ。直径5センチ前後の薄い円盤状をしたチタン合金製で、内部には電子回路や電池が入っている。ここから適切なタイミングで電気の刺激を送ることで、心臓を一定の脈拍で動かしてくれる。

 ◇ご意見・体験は、氏名と連絡先を明記のうえ、iryo-k@asahi.comメールするへお寄せください。

<アピタル:患者を生きる・スポーツ>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/

(聞き手・伊藤隆太郎)