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患者を生きる・スポーツ「ペースメーカー」(3)

 不整脈による心臓発作で倒れた片伯部(かたかべ)延弘さん(77)は、ペースメーカーを入れながらサッカーを楽しむ。かつては、日本代表のゴールキーパーとして海外遠征にも参加した名選手だった。宮崎の県立高校から中央大学へ進み、大学選手権や天皇杯で優勝。卒業後は日立製作所でプレーした。

 片伯部さんの口元にはかすかに傷痕がある。1967年、ヤンマーディーゼルとの試合で釜本邦茂(かまもとくにしげ)さん(74)と接触し、10針を縫った時のものという。

 1964年の東京五輪では代表候補になったが、前年夏の試合中に大けがをして補欠になった。ゴール前のもみあいのなかで、大きくジャンプしてシュートを防いだ直後、相手選手のひざが右脇腹に入って腎臓が破裂。血尿が2週間も続いた。4年後のメキシコ五輪の出場を目指したが、またもや前年、試合中に左足のアキレス腱(けん)を切って諦めた。

 日立製作所での選手生活は70年に引退。その後は営業マンとして勤務しながら、大学サッカー部のコーチをした。最後はグループ会社の役員も務め、退職後は自宅がある千葉市の地元シニアチーム「ACちば」でプレーしている。

 今は無理のないプレーを心がけ…

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