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 東京都三鷹市の「太宰治文学サロン」(下連雀3丁目)で企画展「太宰の戯曲『冬の花火』と『春の枯葉』」が開かれている。作家・太宰治(1909~48)が手がけた戯曲は少なく、両作は三鷹から疎開していた時期に書かれた。二つの戯曲を通じ、執筆時の太宰の胸中に迫る企画だ。

 青森生まれの太宰は東京帝国大学に入学。三鷹には39年に移り住んだ。戦時中の三鷹や周辺には中島飛行機(スバルの前身)の工場などが集まり、たびたび空襲に見舞われた。自宅が被災した太宰は45年春、山梨の妻の実家に疎開。終戦直前の同年夏に疎開先を青森の生家に移した。三鷹に戻ったのは46年秋のことだ。

 この間の46年、「冬の花火」と「春の枯葉」を相次ぎ発表。いずれの戯曲も同時代の青森を舞台にしている。サロンの学芸員、吉永麻美さんによると、とりわけ「冬の花火」について、太宰は弟子や関係者らに「大悲劇」「問題作」などと自ら評していたという。

 「日本の国の隅から隅まで占領…

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