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 西日本が豪雨に襲われたあの日、広範囲に浸水して大きな被害が出た岡山県倉敷市真備(まび)町地区の集落で、家々に取り残された住民たちを救った無人のボートがあった。地元では「神様からの助け舟」と呼ばれ、人々の記憶に残っている。

 真備町地区の中心市街地から西に1・5キロほど離れた60世帯ほどの小山集落。7月7日の午前5時前ごろ、山陽道沿いで化粧品代理店を営む井川博之さん(71)の自宅に流れ込んだ水は、じわじわと高さを増していた。2階のベランダも浸水し、万事休す。

 そのとき、妻の久子さん(64)が叫んだ。「お父さん、舟が来とるが!」

 出窓の方を見ると、釣り船のようなボートがスーッと近づいてきた。「助け舟じゃ!」。すがる思いで夫婦で乗り込んだ。

 空が明るくなってくると、顔見知りの住民たちが屋根の上や2階の窓枠につかまりながら、助けを求めていた。井川さん夫妻はボートに積んであった棒で水をかき、集落の家々を回りながら10人ほどを次々とボートに乗せた。

 みんなで洗濯ざおや木の枝を使って必死で水をかきながら、集落の守り神とされる神社が立つ小高い丘をめざした。井川さんの自宅から丘までは600メートルほど。ボートは到着する直前に人数オーバーで転覆したが、駆けつけた人たちによって全員が救助された。

 ボートに乗った女性(73)は、自宅2階の窓枠にしがみついているところを助けられた。「あと2、3分遅かったら、だめじゃった。ボートが近づいて来たときは、神様に見えたわ」

 ボートは、井川さんの自宅の向かいにある自動車整備会社に数年間放置されていた廃船だった。底に穴が開いていたらしく、豪雨の後に処分された。

 「まさに、神様がくださった命の舟じゃったねえ」

 井川さんはしみじみと振り返った。(大賀有紀子)