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 オーストリア・インスブルックで開かれているスポーツクライミングの世界選手権で、障害者の「パラクライミング」日本代表がメダルを量産した。視覚障害・男子B1クラスで小林幸一郎(50)が3連覇を達成し、神経障害・女子RP3クラスでも吉田藍香(40)が初優勝。金2、銀1、銅1の計4個のメダルを獲得し、障害者部門でも日本がクライミング大国であることを見せつけた。

 静まりかえった会場に大声が響いた。「11時(の方向)」「もうちょっと下、バナナ(の形状)」。壁を登る小林に、地上からナビゲーターの鈴木直也が的確に指示を送る。視界がない中で登る視覚障害者のクライミングは、クライマーとナビゲーターの共同作業だ。

 2位の選手が壁の中盤、25手目で落下したのに対し、小林は終盤まで達し、35手目で落下。圧勝での3連覇に「年齢を考えると不安もあった。重圧もあった分、今までの大会で一番うれしい」と笑った。

記憶力がカギ

 勝負のポイントの一つは、クライマーの記憶力という。スタートから15メートル先の頂上まで数十に及ぶホールドの方向、距離、形を事前に全て頭にたたき込んで動きをイメージ。本番ではナビゲーターの声を頼りに微調整を加え、ホールドに手を伸ばして対応していく。「恐怖心は見えていても、見えていなくても変わらない」と小林は笑うが、見えない恐怖は本人にしか分からない。

 16歳でクライミングを始めたが、28歳の時、網膜色素変性症を患っていることが判明した。進行性の病で少しずつ目が見えなくなり、今は「昼と夜が分かる程度」。それでも、「クライミングを辞める理由にならない」と視覚障害の中でも、最も重度のクラスで戦ってきた。

 小林はパラクライマーの第一人者だ。2005年に障害者のクライミングを支援するNPO団体を設立。今年1月には日本山岳・スポーツクライミング協会から分離する形で、日本パラクライミング協会を立ち上げた。

東京パラでは実施されず

 パラクライミングは「視覚障害」のほか、麻痺などの「神経障害」、手足の「切断」のクラスがある。クライミングの世界選手権では、パラ種目も健常者と並び、あくまで同列の一種目。同会場、同期間に行われる。左半身に麻痺があるという金メダリストの吉田は、「うれしいですよね。同じように戦って、すごくすてきな壁を登らせてもらえて」。

 ただ、パラリンピック競技ではない。20年東京五輪の追加競技にスポーツクライミングが採用されたことに、「めちゃくちゃジェラシー」と小林は言う。「パラリンピックの種目として耐えうるものに育っていくよう、我々も頑張らないといけない」。50歳にして世界のトップアスリート。パラリンピック競技になることをめざして、さらに登り続ける。(吉永岳央)