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 北海道むかわ町の「道の駅」。深夜の駐車場は連日、100台ほどの車で混み合う。最大震度7の揺れのあと、車中泊を続けている被災者たちもその中にいる。記者(27)も車内に泊まりながら、姿を追った。

 14日午後9時すぎ。道の駅にレンタカーで着いた。

 フロントガラスをシートで覆った乗用車が、ぽつりぽつり。そのうちの1台から顔を出したのは同町のトマト農家、村井行雄さん(55)だった。

 母親が、7日の余震に驚いて、直後に呼吸困難を起こして入院した。急な呼び出しにも応じられるよう、自宅より病院に近い場所で寝ることにしたのだという。午前4時に起きて農作業し、夜は車内という厳しい生活だ。「もう肩と腰がバッキバキだよ。でも、大事な家族のためだからね」

 馬飼育員の坪島新一さん(75)は、軽乗用車で布団にくるまっていた。「家のベッドで寝たけど、全然寝られなかった。無意識に、また同じ地震があったらどっちに逃げようかってずっと考えちゃうんだね」

 午後11時10分。別の1台に近づくと「グルル」と犬のうなり声が聞こえてきた。事務職員堀美枝子さん(48)が飼うシーズー犬のマイちゃんだ。自宅の中は家具などが倒れてぐちゃぐちゃだという。

 「道の駅」の建物の一部は避難所になっており、町の避難者の6割超の120人余が暮らしている。自治体職員も常駐している。だがペットは同伴できない。「一緒に寝られる所があれば」と堀さん。

 土木作業員の佐々木健一さん(29)も「アパートは古くて崩れないか心配。だけど避難所も、騒がしくて眠れないと聞いて」と車中泊組だ。朝になると自宅に戻り、支度をして仕事へ行くのだという。「疲れはとれないけど、考えすぎてもしゃあない」

 日付が変わったころ、運転席のシートを倒して横になった。準備してきた上着を着ても寒い。気温は13度。ずっと同じ姿勢になってしまうからか、腰と右肩も痛い。

 エコノミークラス症候群の予防策についても調べたうえだったが、早朝、足のむくみに気づいた。ふくらはぎをもんだり、足先を上下に動かしたりすると、少し楽になった。

 明るくなって、軽ワゴン車で泊まっている土木業の西田和彦さん(57)夫妻に会った。築60年の自宅に亀裂が入り、公営住宅への入居を希望しているが、見通しはたっていないという。地震の起きた6日から車中泊を続けている。妻は「余震は怖いし、体は重くて動かないし」とイライラを募らせる。

 日中、被災者たちは自宅の整理や仕事に追われた。そしてまた夜に。農作業を終えた村井さんが同じ場所に戻っていた。前夜は寒くて、と話すと「真冬にこの地震が起きたらと思うと、ぞっとするね」。

 午後7時20分。西田さんは車内で一服していた。「妻は避難所で寝ることにしたよ。俺はいびきがうるさいから、このまま」と、紫煙をくゆらせながら言う。そして「冬になる前に住む家を探さなきゃなあ」とぽつり。

 だが新しい家に入るにはお金が必要だ。お金を稼ぐには生活を安定させないといけない。しかし新居が決まらねば家財を移すこともできない――。車へ戻ろうとすると「持っていきな」と毛布を貸してくれた。

 翌朝。前の日よりもだるさが残る。西田さんらのように、連続して車中泊をする人の疲れはどれほどだろう。

 毛布を返しに西田さんを訪ねた。妻は、午後10時ぐらいに戻ってきたという。「無理だった。やっぱり余震が怖いよ」。被災者はいつになれば安心して休めるのだろう。後ろ髪を引かれる思いでアクセルを踏んだ。(山本逸生)