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魚河岸ものがたり:41

 今は昔、日本初の本格ホテルが建てられたのは東京・築地だった。「築地ホテル館」が幕末の1868(慶応4)年に完成。洋風のアーチにナマコ壁の外壁という和洋折衷のハイカラなデザインで、外国人から「エド・ホテル」と呼ばれた。錦絵にも描かれたが、4年足らずで焼失した。

 このホテルがあった辺りの築地市場内に、現在あるのが「厚生会館」だ。前身は市場に魚介を運ぶ漁船員のための宿泊所「海幸寮」。76年に現在の地に移り、厚生会館になった。未明から魚河岸で働く水産業者が前泊したり、仕事後に大浴場で汗を流したり。和洋30の客室があり、1泊5千~7千円程度。一般客も泊まれるが、宿泊客の大半は漁協関係者や水産物を買いに来た人だ。1階には早朝から刺し身やかぶと煮の定食や、仕事終わりのビールがたしなめる食堂も入っていた。

 4階には、バスケットボールや剣道などができる体育館もある。魚河岸の人たちの仕事が終わる午後1時すぎ。仲間とバスケをしていた男性(42)は「職場の隣で便利」と話す。

 そんな会館は市場移転に振り回…

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