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 官公庁で相次いで発覚した障害者雇用数の水増し問題。一方、民間では障害がある人を積極的に採用している会社もある。障害に合わせて環境に配慮したり、個人の特性を生かしたりして、障害のあるなしに関わらず、ともに働く職場を作り上げていた。

難聴の社員 アプリで支援

 東京都中野区の飲料大手キリン本社。生まれつき聴覚障害がある田中碧(みどり)さん(29)は、向かい合った相手の口元に目を凝らす。

 田中さんは、同社の公式ツイッターなどのSNSを使って商品の情報発信を担う「ソーシャルチーム」にいる。マーケティング担当者から相談を持ちかけられ、一瞬思案した後に田中さんはこう返した。「このあとソーシャルチームで打ち合わせします。改めて商品情報をくれませんか?」

 聴力は両耳とも高度の難聴で、補聴器を付けないと間近で人に話しかけられても聞こえない。だが、口元の動きを見れば話の内容はおおむね分かる。返答がはっきりしないこともあるが、上司の山本裕之さん(51)は「ハンディキャップは知った上でチームとして一緒にやってきた。障害について特別意識はしていない」と話す。

 田中さんは入社6年目。大人数の会議への参加は苦手だった。だが、音声情報を文字表示するスマートフォンやタブレット端末向けのアプリの導入を会社に提案し、昨年に実現した。今では会議の運営も担う。

 「耳が聞こえない中でソーシャルチームの業務もチャレンジだった。それを認めてくれる環境が会社にある」と田中さんは話す。

 キリンでは、傘下のメルシャンなど4社を合わせた障害者の雇用率は2・20%(6月現在)で、国が定める目標値を達成している。精神障害や知的障害がある人もいる。

 社内で障害者雇用を担当する岩間勇気・多様性推進室長(40)は「障害者だから対応が難しいので排除するのではなく、配慮する。社員としての期待は健常者と変わりません」。

知的障害 個性を重視

 愛知県豊明市の資源リサイクル会社「中西」は、障害のある人を「パートナー社員」として雇用し、その個性を重視している。

 作業場では周辺自治体で回収されたビンが、ベルトコンベヤーで流れてくる。障害のある男性社員5人が、ごみを取り除きながら手際よく茶や緑のビンを仕分ける。別の場所では工具を使ってノートパソコンを分解する男性社員がいた。

 「彼は徹底したこだわりを持つ性格。求める以上に細かく解体してくれる。本人の持ち味にあわせて仕事を任せています」と笠原尚志社長(65)は話す。

 従業員63人のうち、障害者は21~50歳の30人。知的障害がある人が大半だ。午前8時半~午後4時半で働く。同社は30年前から障害者採用に乗り出した。

 コミュニケーションが苦手なパートナー社員には、指導する社員が言い回しを変えるなど工夫している。「共に育む『共育』という言葉が好き。お互い、学びあっている」と笠原社長は言う。昼休憩の時、勤続27年のパートナー社員の男性(43)に笠原社長が尋ねた。「いつまで働きたい?」

 男性は笑顔で言った。

 「70歳まで働きたい。仕事、楽しいから」

 「障害者による障害者のための会社」を目指し、起業した会社もある。福祉用具の販売・レンタルの大手、アビリティーズ・ケアネット(本社・東京都渋谷区)だ。創業者で社長の伊東弘泰さん(76)は1歳の時にポリオ(小児まひ)にかかり、両脚のまひとともに生きてきた。障害を理由に採用を断られた経験などから、24歳の時に一念発起して起業した。

 障害者中心の6人でスタートしたが、今では全国に支店を構え、9月現在で契約やパート社員を含む従業員は計949人。このうち37人に障害があり、雇用率は6・87%(6月現在)となっている。伊東社長は「何が得意なのか、というところから障害者を見れば、その人は会社で活躍する。体に障害はあっても、それが仕事の障害にはならない」と話した。

「行政、率先してモデルを」

 公的機関で8月下旬以降、相次いで発覚した障害者雇用数の水増し。中央省庁の33機関では27機関の計3400人超に上った。

 「『水増し』という生やさしいものではない。これは『偽装』だ」。NPO法人「わっぱの会」(名古屋市)の斎藤縣三代表は、中央省庁による障害者雇用数の水増しを厳しく批判する。

 斎藤さんは長年、健常者と障害者が共に暮らし、共に働く場を地域に生み出してきた。障害者120人が働き、無添加・国産小麦にこだわったパンや弁当の製造のほか、障害者の就労援助などもしている。

 1976年以降、努力目標だった身体障害者の雇用は法的義務となり、その後、知的障害者も対象になった。「民間は厳しいチェックを受け、罰則も受けてきた。それは役所がルールを守っていることが前提だった。42年間だまし、障害者の働く機会を奪った罪は重い」

 障害者が働く社会とは、誰もが自分らしく元気に生きられる社会だと考える。「効率で障害者を見ないでほしい。行政が広く障害者を雇い入れ、率先してモデルを示すべきだ」(佐藤英彬、斉藤佑介)

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<障害者の法定雇用率> 国や企業などの従業員数に占める障害者の割合。障害がある人たちの働く機会を保障するため、障害者雇用促進法に基づき国や地方自治体は2・5%、企業が2・2%の雇用を義務づけられている。従業員45・5人以上の民間企業が対象で、従業員100人超の企業が未達成の場合、不足1人につき月5万円を国に納めなければならない。厚生労働省によると、昨年6月現在で対象となった民間企業全体の雇用率は1・97%で、雇用者は計約49万6千人だった。