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 Jリーグ1部(J1)ヴィッセル神戸に今夏、力強い味方が加わった。今夏から「アカデミーアドバイザー」として下部組織強化に携わるアルベルト・ベナイジェス氏(63)だ。スペインの名門バルセロナで育成部門の統括責任者を務め、7月に神戸でデビューした世界的スターで元スペイン代表MFのアンドレス・イニエスタ(34)を見いだした人物としても知られる。根底にあるバルセロナの育成哲学とは何か。

 名門バルセロナの下部組織が輩出した名選手は枚挙にいとまがない。今年のワールドカップ(W杯)でも、イニエスタのほかMFブスケツ、DFピケ、アルバがスペイン代表の中心を担った。アルゼンチン代表を長年引っ張るFWメッシもバルセロナ育ち。その育成に関わってきたのがベナイジェス氏だ。

サッカーは不自然なスポーツ

 ただその哲学に「特別なものはない」と語る。中心にあるのは「人間性」「知性」という普遍的なものだ。「私が育成トップにいた時は個人への人間的教育、周囲とのコミュニケーション能力の向上、サッカー選手としての技術の進歩。これを三つの柱としていた」

 その大前提としてサッカーという競技の特性を挙げる。「足で球を扱うという意味で、日常生活にはない動きをする。しかもそれをチームで行う。不自然なスポーツ」

 そんな難しさがあるからこそ、単純に走る、跳ぶという能力よりも球を繊細に扱う技術、頭を使って先読みする力、お互いの意図や目的を理解するという能力が重要なのだと考える。

 まず複雑な技術を学ぶだけに「謙虚に学び、取り組みたいと思わないことには成長は難しい。そもそも取り組もうとする姿勢が伴わなければ、何も身につかない」。だから人間性が大事だ。そんな姿勢が周囲との円滑な人間関係を築くにも有効になるという。

 「私自身が経験を重ねてわかったのは、人間性が優れていない選手がトップに立つことは非常にまれだということ」と言い切る。

試合の認知、認識が最も重要

 では幼少期ではどんな指導をするのか。「10歳以下は『仲間と仲良くしよう』『時間をしっかり守ろう』などということ。学校や家庭、地域で身につける価値観を学ぶだけのこと。ただ同年代と横断的にだけでも、年上の人間と縦断的にだけでもない、両方を合わせたダイアゴナル(対角的)なコミュニケーションの向上を意識している」

 しかし、これだけで良い選手が出てくるものなのか。ほかの要因を聞けば、「一つは、私がバルセロナで指導し始めた時、ほかのクラブがフィジカル的側面を向上させるために走り込みを強化するなど、サッカー(のプレー)と全く違うトレーニングをしていた。しかし我々はボールを使いながらそれを向上させる指導法を編み出すことに成功した」。試合に近い状況で、試合でのスタミナ強化をはかった。

 もう一つは、育成組織に入れる選手の選び方。身体能力ではなく、「プレーの質を重視。(元スペイン代表DF)グアルディオラや(同MF)シャビ、アルバ、メッシは、バルセロナだからこそトップチームに到達できた。フィジカル的要素を重視していたなら、彼らは淘汰(とうた)されていただろう」

 イニエスタを見いだしたのは彼が12歳のときだ。マドリードであった大会で、アルバセテというクラブでプレーしていた。体格的にも運動能力も飛び抜けているわけでない。目についたのは「技術と知性」とベナイジェス氏は即答する。

 「当然、プレーする上である程度のフィジカルレベルは必要。ただイニエスタには走る速さというより、スピードの緩急を付ける力がある。ブスケツ、シャビでも言えることだが『速い』選手ではなかった。持久力もなかった。彼らはフィジカルテストをしたら合格しなかっただろう」と語る。

 「一番彼らが早かったのは何をやるべきなのか、どうやってやるべきなのか。そして実際の行動に移すということにおいて非常に素早かった」と断言する。

 実はそこがサッカーの肝と考える。知性、人間性の根底を大事に、技術を鍛える。そして何より、「クラブ全体の価値観として、そこを重要視する。トップチームのコーチたちもそこを信じているのがバルセロナの特徴だ。クライフ、ファンハール、ライカールト、グアルディオラ、ビラノバ、ルイスエンリケ、現監督のバルベルデ。彼らは若い頃にそういうスタイルのサッカーで育ってきた。信じなかった監督もいるにはいたが、少ない」

 だからこそ、サッカーの現状に対して提言がある。「よく起こる間違いは選手のアスリート的要素ばかりを重要視し、試合状況、試合展開を認知したり、認識したりする大切さを忘れてしまうことだ。実はそこがサッカーにおいては最も重要」

 そんな哲学を神戸、さらに日本にもたらしたい。「当然、神戸はバルセロナ化を掲げるクラブ。技術や知性により価値を置いている。当然、サッカー選手はいろんな能力が合わさった総合体だが、その基礎には知性がある。そこを植え付けたい」と言う。

 現在は観察期間。練習、試合のすべてに足を運んでみている。選手やコーチを知ることを目的に、ユース(高校年代)、ジュニアユース(中学年代)、ジュニア(小学生年代)、すべてをみている。

 「びっくりしたのは、日本の若年層の選手全般に言えることだが、サッカーへ取り組む真面目な姿勢だ。規律があり、身の回りのものも整理され、清潔な環境を維持している。世界中のどこと比べても評価されるべきところ」。根底にあるものに将来性を感じている。(有田憲一)

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〈Albert Benaiges〉 1955年3月2日、フランコ独裁体制から逃れた両親の亡命先、メキシコ市生まれ。15年間過ごし、スペインに戻る。24歳でトップ選手の道を諦め、若年層のクラブを創設。91年からバルセロナに育成専門の指導者として招かれ、2012年までユース監督や育成部門統括責任者であるテクニカルディレクターを務めた。UAE(アラブ首長国連邦)やドミニカ共和国のクラブでも指導した。