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 東日本大震災の復興を支援するため、被災地などを自転車で走るイベント「ツール・ド・東北」が今年も9月15、16日に開かれた。記者(45)は2年前まで仙台総局にデスクとして勤務していたが、震災の風化が進み、イベントへの関心も薄れてしまわないか、任地を離れた後も気になっていた。自転車で風を切りながら被災地を駆けたら、また違った復興の姿を感じることができるのだろうか。沿岸部の65キロを走るコースに思い切って参加してみた。

4千人近い参加者 順位は競わず

 「ツール・ド・東北」は2013年に始まり、今年が6回目。ヤフーと河北新報社が主催し、4千人近くが参加する国内有数の自転車イベントだ。50キロから210キロまで九つのコースから選ぶことができる。いずれもタイムや順位は競わない「ファンライド方式」だ。記者が選んだコースは「女川・雄勝フォンド」(65キロ)。約8時間以内にスタート地点に戻ってくればいい。

 9月16日午前9時過ぎ、県内で一緒に復興報道を担った同僚(52)とともにスタート地点である宮城県石巻市の石巻専修大に立った。そよぐ風は涼しいが、日差しは強く、残暑が感じられる。大勢の人の中で、少し汗ばむ。

 出発前に黙禱(もく・とう)。亡くなった人たちに思いをはせ、〈この地と集った人たちを見守ってください〉と祈った。

 色とりどりのサイクルウェアに身を包んだ集団に交じって東へとペダルをこぎ、女川町へ向かう。一帯は高さ20メートルもの津波に町の奥深くまでおそわれた。造成工事は今も続く。目にする住宅は震災後に建てられたものばかりだ。

壊滅的被害だった女川 大漁旗の応援

 標高16メートルの高さにあり、海沿いから見上げるような場所にあった女川町の町立病院(現・地域医療センター)はずいぶんと近くに見えた。低い一帯のかさ上げ工事が進んだためだろう。

 出発から19キロ。最初の休憩地点のJR女川駅が近づくと、赤や青、黄色と鮮やかな大漁旗が目に飛び込んできた。震災前に作られ、津波をくぐり抜けたものだという。ペダルを踏む足に力が入る。

 全国有数のサンマの水揚げ基地として知られた女川町は、震災で壊滅的な被害を受けた。被災した女川駅が再建されたのは震災の4年後。その近くに建てられた町の新庁舎の開庁式は10月1日。庁舎建て替えに震災から7年半もかかったのは、住まいの再建を優先したからだ。町全体をかさ上げしたため、付近に防潮堤はない。高台からは穏やかな海が見えた。

 駅前のテナント型商店街「シーパルピア女川」には、名産のささかまぼこやホヤを売る店のほか、土産物店やカフェ、居酒屋も並び、大勢の人が行き交う。

 須田善明町長(46)を見かけた。記者の習性で、こんな質問が口をついて出た。

 ――真新しい町並みは魅力的ですが、高齢化と過疎化は深刻です。復興は大丈夫でしょうか?

 よく聞かれるのだろう。町長は少し早口で語った。

 「人口が減る中、町外との交流人口を増やしていくことが大切。そのための舞台は十分に整いつつあります。震災前にはこれだけ多くの人が訪れることはありませんでした。回り道に見えるようでも、交流一つひとつが少しずつ町の将来の課題も解決してゆくのです」

「大人のたまりば」 今も

 駅前広場では、郷土料理が参加者に振る舞われていた。名産のサンマのすり身が入った「女川汁」だ。町内の水産会社がつくったすり身を使い、町の人たちが朝5時から仕込んだ。具材はネギと豆腐。汗をかいた体に塩味がしみてゆく。

 懐かしい顔を見かけた。堂賀光枝さん(59)だ。

地盤沈下、そそり立つ防潮堤――東北に残る傷痕と、歩みを止めない人々の姿を、後半も自転車でたどります

 震災のとき、堂賀さんの自宅は…

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