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 米ウォール街発の金融危機は欧州にも飛び火した。景気悪化で税収は落ち込み、経営が傾いた金融機関への公的資金の注入で多くの国の財政が悪化。共通通貨ユーロの危機に拡大した。財政再建のための緊縮策は、10年たった今も国民生活に痛みを強いている。(ロンドン=寺西和男)

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 「人をまず第一に考えてほしい」。ロンドンから列車で北に約1時間の自治体、ノーサンプトン州議会で8月末、職員が加盟する労働組合のペニー・スミスさん(56)は仲間たちの解雇を避けるように訴えた。

 財政が悪化した州政府は支出をまかなえず、2月に地方政府財政法に基づき、義務的経費を除く支出を禁じる条項を発動。実質的に財政破綻(はたん)した。英メディアによると、この条項の発動は過去20年で初。来年度予算を組むには7千万ポンド(約100億円)規模の緊縮策が必要で、州内の地方自治体の統合や21の図書館の閉鎖、福祉カットなどが検討されている。10月に具体策が公表されるが、スミスさんは「首切りもありうるのでは」と懸念する。

 財政悪化は、高齢化が進む中で増税を見送ったことも背景にあるが、州議会のジョン・マギー議員(57)は「政府からの補助が減ったのも大きな原因だ。我々のような事態はどこでも起きうる」と話す。

 国際金融センターを抱える英国では、金融危機の影響が早くから出ていた。中堅銀行「ノーザン・ロック」が08年2月に国有化され、他の銀行も経営が悪化して貸し出しを絞り、住宅価格が下落するなどして景気も悪化した。

 法人税など税収が大幅に減り、財政収支は09、10年と国内総生産(GDP)比で2年連続で10%前後の赤字に陥った。10年5月に発足したキャメロン連立政権は財政再建を優先政策の一つに掲げ、財政黒字化を目指して緊縮策を始めた。

 最もカットされたのは地方自治体向けの支出だ。英会計検査院によると、17~18年度予算の政府から地方向けの支出は、10~11年度予算と比べて半減した。

 ロンドンでは緊縮策を批判するデモが今も相次いでいる。今年5月には、公務員らが1万人規模で緊縮反対のデモを繰り広げた。マンチェスターの警察補助員のメーガン・ブラウンさん(26)は「物価は上がるのに賃金は3年も上がらず、生活は苦しい」という。

 国民投票で欧州連合(EU)離脱への支持が集まったのは、長引く財政カットで疲弊した地方の不満が高まったこともあるとの見方は根強い。自治体専門の英シンクタンク「センター・フォー・シティーズ」のポール・スウィニーさんは「離脱への支持が多かった地域の中には政府補助に頼ってきた都市もある。公的関係の雇用が減り、代わりの技能が必要な仕事に置き換わるのは難しい。緊縮策への不満が離脱の一因になったのではないか」とみる。

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 アイルランドの首都ダブリン。金融機関が集まる再開発地区に昨春、アイルランド中央銀行の新しい本店がオープンした。周囲はビルの建設工事が進み、景気回復を象徴づける。

 中銀の本店ビルは金融危機を象徴する建物として知られる。以前はアングロ・アイリッシュ銀行の本店として建設が始まったが、10年に同行は経営破綻(はたん)し、数年前まで骨組みがむき出しのまま放置されていた。

 破綻の原因は不動産バブルの崩壊だった。1999年の共通通貨ユーロ誕生後、ユーロを使うアイルランドは信用力が増し、海外から資金が流入。銀行はその資金を元手に住宅ローンの貸し出し競争に走り、ダブリンの住宅価格は10年で4倍以上に高騰した。

 不動産会社のジョン・リング調査部長(35)は「当時の住宅ブームは異常で心配していた。リーマン・ショックで最悪のハードランディングになってしまった」。住宅市場に向かっていた資金が逆回転し始めると、ダブリンの住宅価格は半分に下落。銀行は巨額の不良債権を抱えた。

 銀行危機は財政危機に直結した。政府は、銀行の資本増強のために約600億ユーロ(約8兆円)の公的資金を注入し、銀行の債務も保証した。国内総生産(GDP)に対する政府債務の割合は07年から10年に4倍近くに高まった。国債の自力発行が難しくなり、10年にEUなどへの金融支援の要請に追い込まれた。

 ユーロ圏ではスペインなどの政府も、銀行への資本増強の資金が膨らみ、EUなどに金融支援を要請。代わりに各国は厳しい緊縮策を強いられた。

 アイルランドは緊縮策を着実に実行し、経済回復も進むが、ダブリンでは今、再び家賃の高騰している。

 9月下旬、ダブリン近郊で住民団体が主催する「住宅危機・緊急集会」があった。「仕事を失うと、すぐにホームレスになってしまう」「屋根のある家で暮らすのは最低の権利よ」。住民約100人からは高い家賃への不満が相次いだ。

 金融危機後に住宅建設はストップし、住宅は不足していた。さらに不動産バブルへの教訓から中央銀行は銀行融資を規制。住宅購入者は購入価格の1~2割の頭金を払うなどのルールを決めた。住宅を買えない人が賃貸物件に向かい、ダブリンの家賃平均は危機前の07年より2割も高い。

 緊縮策で医療費補助のカットなども続く。集会に参加したリチャード・ボイド・バレット国会議員(50)「不動産バブルと緊縮策のつけが今も国民の生活を苦しめている」と話す。政府に公営住宅の建設増を求めていくという。

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 政府支援を受けて危機を乗り切った欧州の銀行部門だが、銀行再建が遅れたイタリアでは、今なおまだ銀行問題が経済を揺らす。

 イタリア中部シエナ。1472年創業の世界最古の銀行、モンテ・パスキ銀行の本店がある。昨年7月、イタリア政府はモンテ・パスキに54億ユーロ(約6900億円)の公的資金を注入すると発表。09年と13年にも公的資金を受けており、リーマン・ショック後で3度目だ。不良債権処理が遅れ、経営難に陥った。

 今春までモンテ・パスキ取締役だったローマ社会科学国際自由大学のマッシモ・エディジ教授(75)は「融資先の9割以上は融資額1万ユーロ以下の小口先。小企業は経済悪化に対応できず不良債権も増えた」と説明する。

 金融危機前から低成長だったイタリアでは不動産バブルはなく、経済的なショックはなかった。しかし11年に財政不安からイタリア国債が売られ、多くの国債を保有する銀行の株価は急落。銀行経営の悪化が一気に表面化した

 イタリアの銀行は不良債権処理を進め、融資全体に占める不良債権比率は、15年末の18・1%から、今年6月には12・2%に下落した。イタリア銀行家協会のジョバーニ・サバティーニ事務局長は「イタリアの銀行は健全性を増した」と強調する。しかし、まだ欧州全体の水準の2倍だ。イタリアの大手銀行11グループの利益率は4%と、欧州の大手銀行の6・8%と比べて低いままだ。

 不良債権処理の後遺症を懸念する声も多い。シエナの商工会議所のダニエレ・プラッキア事務局長(57)は「今も地元企業はお金を借りるのに困っているところが多い」という。不良債権に懲りた銀行が融資基準を厳しくしているためだという。シエナ県では昨年1年間で約300社が倒産したり、廃業したりした。

 イタリアの銀行は今なお多くの国債を保有する。だが、政府の財政再建への姿勢は疑わしく、銀行経営にも暗雲がたちこめる。

 5月発足の新政権は、失業者家庭や年金生活者などの所得保障、大幅減税などを掲げた。ユーロを使う国はユーロの信用を守るため、財政赤字を国内総生産(GDP)の3%以内にするという財政規律ルールがあるが、EU懐疑派の新政権が守るかは見通せない。

 ローマ第1大学のドメニコ・シクラーリ教授は「財政悪化が懸念されれば、国債価格は下がり、国債を持つ銀行にとって大きなリスクになる。財政再建は重要だ」と指摘する。財政不安は再び銀行危機を引き起こすリスクをはらんでいる。