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 「福良さんと出会っていなかったらこんなに野球をやれていなかった」

 今季限りでの現役引退を表明したプロ野球オリックスの小谷野栄一内野手(37)。27日に京セラドーム大阪で開かれた引退会見で、初めて言葉を詰まらせたのは、福良淳一監督(58)への思いを質問されたときだった。2人の間には「師弟」を越えた関係があったからだ。

 日本ハム時代の2006年夏。突然の発作やめまい、そして吐き気が小谷野を襲った。「パニック障害」と診断された。打席にはおろか、グラウンドにも立てず、2軍の本拠がある千葉・鎌ケ谷の寮で静養する日々が続いた。当時25歳。そんなとき一番身近で見守ってくれたのが、当時、日本ハムの2軍を指導していた福良氏だった。この年の秋、若手主体のフェニックスリーグで小谷野を試合に出場させた。

 「何分でもいいからやってみようかと言ってくれた。何回もタイムをかけてくれて。意欲というか、前を向かせてくれた。野球選手を続けさせてくれた」

 翌07年の春から思うようなプレーができるようになった。その年のシーズンは主力として100試合以上に出場し、リーグ連覇に貢献。10年には打点王も獲得した。「変な言い方ですけど、病気になってよかった。自分の個性だから」。いつのまにか、そう思えるようになった。

 14年オフにフリーエージェント権を行使し、オリックスに移籍。当時は福良氏がヘッドコーチを務めていた。そして、16年から福良氏が監督に就任した。「福良さんを胴上げする。男にしたい」と言い続けたが、それはかなわなかった。

 福良氏も今季限りで監督を辞任することを表明。偶然にも、同じ時期にユニホームを脱ぐことになった。

 「今はすっきりしている。次へのスタートの引退。僕もああいう人になりたいですね」。球界の恩人に感謝し、第2の人生へ歩みを進める。(辻隆徳)