15日に75歳で亡くなった俳優の樹木希林(きき・きりん、本名内田啓子〈うちだ・けいこ〉)さんの葬儀が30日、東京都港区の光林寺で催された。吉永小百合さんや浅田美代子さん、リリー・フランキーさんら、親交のあった俳優が参列。一般の参列者も樹木さんを悼んだ。

 葬儀の前には長女の内田也哉子(ややこ)さんの夫で、俳優の本木雅弘さんが報道陣の取材に応じた。本木さんは「まだ家族としては落ち着いて振り返る余裕がないのですが、報道の方が私たちも知らないことも含めて、いろいろな形で取り上げて下さって、まだ生きているような気分です」と心情を明かした。

 樹木さんは「自然に朽ちていきたい」という強い思いがあったといい、「春のうちに余命宣告もされたが、自然な終末に向かって、とにかく普通でいてくれ、と言われた。夏休みの思い出づくりもかたくなに(拒み)、私を理由にスケジュールを変えないでほしいと言われた」と語った。

 余命宣告後は「それがはっきりしたから私も準備を進めるわね」と語っていた。「自分の体や仕事にどう決着をつけるかとか、遺産も、残った者が困らないようにきちんとするとか。『お葬式は自分の好きな光林寺で出来るかどうか確かめましょう』と私たちと一緒に下見に行きました。『でも私が先か裕也が先か分からないわよ』とあっけらかんと言っていました」と振り返った。

 樹木さんの夫、内田裕也さんについても「(樹木さんが大腿(だいたい)部の骨折で)入院中に、也哉子が婦長さんに呼ばれて、『樹木さんが毎晩、裕也さんに会いたいとおっしゃっていますよ』と言われたんです。『え? 本当ですか』と思いました」と話した。

 臨終の様子について、本木さんはこう語った。「(孫の)雅楽(うた)が手を握り、もう一方の手を私がさすって、玄兎(げんと)が頭をなでて、也哉子が米国にいる伽羅の顔をスマホで見せていました。そして、私がもう一つの電話で裕也さんの声を聞かせているという状態でした。裕也さんが『しっかりしろ』と言うと樹木さんは雅楽の手をぎゅっと握りました。声が聞こえているようでした。そのうちだんだん呼吸の間隔が開いていき、静かに消えていったという感じでした」

 翌日、樹木さんと対面した裕也さんは「きれいだ、きれいだ。昔から美人だと思っていたんだ」と笑いながらビールで献杯したという。

 納棺の際には、浅田美代子さんが「好きだったワインを」と言って、みんなで赤ワインで唇をぬらしたという。「玄兎が『ばあば、よく生きたね』と言って、花を入れていました。樹木さんは子どもたちに『自分の死にざまを見てもらいたい。それが私の願いなの』と話していたので、満足しているんじゃないか。そう思いたいです」

 火葬の後、「骨つぼのふたを閉めようとしたら、裕也さんが『ちょっと待って』と言って、あごの部分の骨を拾ってハンカチに包み、ポケットにしまっていました」。

 「樹木さんはすべての人に対して常に何かをもたらしてくれる人でした」と言う。「率直に感想を述べてチクリと問題提起をし、そして一緒に考えて、でも、相手の答えを急がさず、放置することもない。人間に寄り添うのがとても好きな人でした」

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 寺院には、花で囲まれた遺影と遺骨の前に献花台が置かれた。台風24号の接近による雨の中、近親者や芸能関係者らが姿を見せた。

 喪主は夫でロックミュージシャンの裕也さん。戒名は「希鏡啓心大姉」になった。役者は人の心を映す鏡という意味を込め、本木さんと也哉子さんが住職と相談して決めたという。

 樹木さんは2005年に乳がんの手術を受け、その後全身にがんがあると公表していた。故人の遺志で通夜は近親者のみで行った。(伊藤恵里奈、寺下真理加、編集委員・石飛徳樹)

永瀬正敏さん、浅田美代子さんが悼む

 永瀬正敏さんは取材に対して、「(思い出が)いっぱいありすぎて。(希林さんには)幸せになってね、と言っていただきました。短い期間のお付き合いでしたけど、すごく濃密な時間を過ごさせていただきました」と話した。

 浅田美代子さんは「ずっとめそめそしていると怒られそう」。病気については「痛がったり最後までしないで、気丈でした。あとから思うと痛かったんじゃないかな」と語った。

 希林さんがプロデュースした映画「エリカ38」(来年公開予定)に主演した浅田さん。「それが遺作とか言われているのが、本当に申し訳なくて。(希林さんは)初号までいかないものをみにいってくれて、色々意見をいってくれた」

 葬儀が催された光林寺は、「(希林さんは)ここのお墓がすごく好きだった。ひとんちのお墓だけど、一緒にお墓参りをして、花見していた思い出がある」と振り返り、天国にいる希林さんについて「『みよちゃん、忙しいのよ。いろんな人に会わなきゃって』と言っていると思います」と思いを巡らせた。

 夫で喪主の裕也さんと希林さんの関係については、「希林さんは裕也さんをすごく大切にしていた。ハワイにいったとき一緒にあって、裕也さんと希林さんが遊覧船みたいなのでサンセットをみに2人で手をつないで乗り込んでいた姿が印象的でしたね。夕日が好きでしたね」と話した。

テレビドラマ「ムー」や「富士フイルム」のCMなどで共演した岸本加世子さんの話

 四十数年間、ずっと気にかけてくださいました。私が一番影響を受けたのが希林さんでした。演技についても、芸能界での生き方についても、全部希林さんから学ばせていただきました。とにかく「結婚しろ」「貯金しろ」と言われていました。今のご自宅が出来た時に遊びにうかがったのですが、希林さんが裕也さんの部屋を見せて下さって「本人はいないけど、部屋はあるのよ」とおっしゃっていました。いつ裕也さんが帰ってきてもいいようにされていました。「とにかくメチャクチャだから」と口では裕也さんのことを悪く言うんですが、節々に愛情があふれていました。本当にいとしそうに話しておられました。結婚はできませんでしたけど、貯金をして、希林さんに心配かけないように、女優を全うしていきたいと思います。