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 一見、石焼き芋の屋台を思わせるような軽トラックが、大阪府池田市の産業技術総合研究所関西センターの一角に展示されている。前身にあたる大阪工業技術試験所が1972年、ダイハツ工業や松下電器(現パナソニック)と共同で試作した、燃料電池自動車の国産第1号だ。

 燃料を電極の表面で化学反応させて電力を取り出す「燃料電池」は、燃料を燃やして回転運動に変えるエンジンよりエネルギー効率がずっと高く、環境への負荷も小さい。1号車は水素を多く含んだヒドラジンと呼ばれる液体を燃料に使い、最高時速52キロを記録した。だが、開発はまだ緒に就いたばかりで、装置は荷台のほとんどを占める大きさだった。

 学会誌にコラムの執筆を依頼され、当時の様子を調べた同センターの安田和明・電池システム研究グループ長(53)は「40年以上も昔の野心的な挑戦に感銘した」と語る。技術革新が進み、燃料電池自動車は「水素自動車」が実用化に達した。だが、高圧ガスを扱い、水素スタンドの整備が要るなど課題も多い。先人に倣い、使いやすい液体燃料で新たな挑戦ができないか、安田さんは考えている。

(編集委員)

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