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 地震で大きな被害があった北海道厚真町には、全国の自治体から多くの職員が駆けつけている。東京電力福島第一原発事故で全町避難が続く福島県大熊町の職員、松岡克己さん(34)もその一人だ。東日本大震災発生当時、たくさんの人に支えられた「恩返し」の気持ちから北海道地震の被災地に入った。

 道路があちこちで隆起し、ひび割れる厚真町。2日、松岡さんは3人1組で家屋を一軒一軒訪ねた。罹災(りさい)証明書の発行に必要な判定をするため、「お怪我(けが)はなかったですか」「このひび割れは地震でできたのですか」などと声をかけ、損害の程度を調べていった。

 大熊町で生まれ育った松岡さん。大学卒業後、県外で就職したが、祖父が体調を崩したのを機に退社し、故郷へ。2011年4月に町役場への入庁を控えていたところ、東日本大震災が起きた。

 原発事故で全町避難となり、松岡さんも町外の体育館へ避難した。その後、町役場は福島県会津若松市に移転。「まさか町ごと移ってしまうなんて。当時は絶望しかなかった」と振り返る。入庁後は、被災自治体の職員として住民から厳しい言葉を投げかけられることもあったが、「気持ちも分かるから、余計につらかった」。

 救いになったのが、全国から集まったボランティアや応援に駆けつけた自治体職員の存在だった。「全国が大熊のことを気にかけてくれている、ということがわかっただけで気持ちが楽になった」という。

 9月6日未明の北海道地震発生を受け、大熊町は同月中旬、全職員に向け、現地への派遣希望者を募った。「あの時の恩返しをしたい」。迷わず志願した。地震後、福島からは延べ約100人の自治体職員が北海道に入っている。

 松岡さんは9月29日から厚真町に入った。変わり果てた町は、地元の光景とも重なった。松岡さんの大熊町の自宅がある地域は、原発事故で帰還困難区域に指定され、7年半が経った今もなお、震災直後の状況のままだ。

 厚真町での家屋調査の途中、民家の屋根を修理していた男性から、「早く直さねえと困っからよ。自分でできることはやらねえと」と声をかけられた。松岡さんはその姿に、町を再建しようという強い思いを感じたという。「私の方が励まされてしまいました」

 大熊町役場は来春、避難先の会津若松市から町に戻る予定だ。今年4月から一部地域で準備宿泊が始まったが、申請は16世帯35人のみ(10月4日現在)だ。

 松岡さんは3日、会津若松市へ戻った。「厚真も大熊も復興は道半ば。大熊では、住民がいつ帰ってきてもいいように、目の前の仕事に取り組んでいきます」(小手川太朗)