94歳で亡くなったシャルル・アズナブールさんは8月上旬、オリーブの木々に囲まれた南仏の自宅で、朝日新聞のインタビューに応じてくれた。杖をつきながらも、ピアノや音響機器に囲まれた応接間に招いてくれた。

 5月に転倒して骨折した左腕の具合を尋ねると、「頭も打ったんだけど、こっちは何ともなかったなあ」などと冗談を飛ばし、これまでたびたび訪れた日本の思い出を語ってくれた。仕事に対する繊細な日本人の感性を褒め、自宅のオーディオ機器や過去のビデオテープも、そして自家用車も日本のメーカーだった。

 世界中で1億8千万枚ものレコードやCDを売り上げ、母国語のフランス語だけでなく、時に英語やスペイン語、ロシア語などで歌ったが、日本語で歌おうとはしなかった。

 「私は日本語はわからない。歌う以上、きちんと言葉をマスターしないとウソになる」

 自らの仕事には厳しか…

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