大相撲の第54代横綱・輪島で、北の湖とともに輪湖(りんこ)時代を築いた輪島大士(わじま・ひろし、本名輪島博)さんが8日夜、咽頭(いんとう)がんなどで死去した。70歳だった。葬儀の日取りは未定。

 輪島さんは石川県七尾市出身。日本大学相撲部で学生横綱に輝くなど活躍した。大相撲の花籠部屋に入門し、1970年初場所に幕下付け出しでデビュー。2場所連続の幕下全勝優勝で十両に上がると、初土俵から1年となる71年初場所で新入幕を果たした。

 72年秋場所後、同世代の貴ノ花とともに大関に昇進。73年夏場所で全勝優勝を果たし、場所後に横綱に推挙された。初土俵からわずか3年半のスピード出世だった。

 横綱時代はトレードマークとも言える金色のまわしや、得意の左下手投げから「黄金の左」と呼ばれ、北の湖とともに角界を盛り上げた。優勝回数は歴代7位の14度。

 81年春場所途中で引退。花籠部屋を継承したが、金銭問題で自らの年寄名跡を借金の担保にする不祥事で85年12月に日本相撲協会を退職した。その後はプロレスラーに転身。2013年12月には咽頭がんの手術を受け、発声が困難な状況が続いていた。

同郷石川県出身の幕内力士・遠藤の話 

 小学生の頃、地元の相撲大会で色紙にサインをもらい、一緒に写真を撮り、舞い上がったことを思い出します。大学出身力士で唯一、横綱まで上り詰めた方。地元の大先輩、同じ日大の大先輩で、憧れであり、目標でした。体を悪くされているとは聞いていましたが、残念でなりません。