皇太子さまは12日午前、福井市で13日に開かれる全国障害者スポーツ大会の開会式出席に向け、羽田発の飛行機で出発した。来春に即位を控え、皇太子として最後の出席となる。「障スポ」は今では国体に続く形で毎年開催されているが、その始まりには苦労もあった。後押ししたのは、天皇、皇后両陛下だった。

 日本障がい者スポーツ協会の資料などをひもとくと、両陛下と大会との関わりは1964年の東京五輪後に開かれたパラリンピックにさかのぼる。

 パラリンピックは、ロンドン郊外の病院で戦傷者のリハビリとして48年に開かれたスポーツ大会が起源。52年から国際大会に発展、60年にローマ五輪に続く形で第1回のパラリンピックが開かれた。

 4年後に東京五輪の開催が決まっていたが、パラリンピックは未定だった。国内外から「東京で障害者の国際大会を」との声が上がったが、当時国内は障害者への理解が乏しく「障害者は見せ物ではない」などと、開催に否定的な声も根強かった。

 だが、ローマでパラリンピックを見た女性が、福祉の活動をきっかけに皇太子妃だった皇后さまに国内での開催を相談。皇太子だった天皇陛下とスポーツや福祉の関係者から意見を聞き、結果的に関係者間の「橋渡し」を担った。

 思いを直接伝えたこともあった…

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