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 サッカーの日本代表は16日、国際親善試合キリンチャレンジカップ(埼玉スタジアム)で、ウルグアイと対戦する。森保監督の初陣から2試合連続ゴール中で、新エース候補のMF南野拓実(23)=ザルツブルク=には、難病を乗り越えてJリーグのピッチへ復帰をめざす元チームメートがいる。J2新潟のDF早川史哉(24)だ。

 「やっぱり、拓実は『持ってる』なあ」。南野が先制ゴールを決め、日本が3―0で勝った12日のパナマ戦。新潟・デンカビッグスワンスタジアムの正面スタンド最上段で観戦していた早川のほおが緩んだ。前日、日本代表の練習に訪れ、南野を激励していた。「ここ、というときに決めてくれる。いつも頼りにしていた」

 早川は新潟、南野はセ大阪の育成組織出身で、年代別の日本代表で一緒にプレーした。2011年17歳以下(U17)ワールドカップ(W杯)にそろって出場し、早川は3得点、南野は1得点と活躍し、8強入りに貢献した。

 早川は筑波大を経て、16年に新潟入り。その年の開幕戦でフル出場した。プロ人生を順風満帆に歩み出したところで、同年5月に急性白血病と診断された。

 突然襲ってきた病魔。「プロに復帰できるのか」。宣告された直後は不安になったというが、元々前向きな性格で、すぐに気持ちは切り替わった。「なるようにしかならない。必ず治ると信じていた」

 同年6月に公表すると、知人やファンをはじめ、様々な人から声援が届いた。「いろんな人に支えられていることを感じて、自然と涙が出ることがあった」。真っ先に連絡をくれたサッカー仲間の一人が、南野だった。

 16年11月に骨髄移植手術を受け、17年6月に退院。その年の暮れに新潟のクラブハウスでバイクこぎなどでリハビリを始めた。18年春には新潟U18チームの練習に参加。夏前からトップの練習に週に数回加わるようになり、練習試合にも出場できるまでになった。

 その間、2人は連絡を取り合っていた。南野にとって、「史哉はずっとお互いに刺激し合ってた仲間」だという。迎えた12日のパナマ戦、観客席で見守った早川にゴールを届けた。

 早川は言う。「サッカーを続けているからこそ、つながってこられた。かなり距離は遠くなってしまったけど、自分も頑張らないといけないと思った」。刺激し合い、高め合う仲は、これからも変わらない。(勝見壮史)